想像地図・城栄

提供:Tanukipedia

想像地図・城栄(そうぞうちず・じょうえい)は、想像地図研究所によって作成・描画された想像地図(架空地図)の名称。および、その想像地図の描画計画の名称。

概要

想像地図・城栄の一部
生方府生方市矢井田区の地図)

現実世界にありそうな「城栄国」という架空の国を、地図という形で表現することを目的としている。

国全域の地図(都市・田舎にかかわらず、国内の地域すべて)を1万分の1縮尺で描くことが目標とされている。また、地図だけでなく、付随する世界観(気候など惑星環境、鉄道のダイヤなど交通事情、等々、架空世界全体の大きな世界観が中心)も創作することにより、現実感を増すことも目標の1つとされる。

2003年に描画が開始され、2008年からインターネット上で地図の公開が順次始まった。名称は、かつては「想像地図・茶柱」が正式名称だったが、2011年8月15日に「想像地図・城栄」という名称に改められた。単に「想像地図」という名称も正式名称であり、こちらの呼び方の方が使用頻度が高い。また略称として「想地」(そうち、そーち)という呼び方がある。

2024年2月現在の描画進捗率は約99.9%で、城栄国全域の描画は2024年内の完成を目指して作業が進んでいる。以前は2028年1月1日に完成する予定となっていたが[1][注釈 1]、短縮されることとなった。

地図完成後には、地図を書籍として出版することが計画されている(想像地図出版計画)。

小説やゲームなどの舞台設定という目的で地図が作られているのではなく、地図そのものが創作作品であるという位置づけである。

地図としての特徴

地図の見かけはカーナビの地図のような雰囲気であり、交通網に的を絞った地図になっている。「1つの都市」よりも広域的な地域を描くことに重きが置かれている。

道路

種別に応じて色分けが行われ、高速道路は青、国道は赤、都道府県道は黄緑、その他の道路は黄色である。ただし、原盤地図では都道府県道とその他の道路はともに山吹色となっている。いずれも道幅によって線の太さが変えられており、片側2車線(合計4車線)以上の広い道路は太い線で表される。この場合で、トンネルが双方向車線で別構造となっている場合は、それぞれ別々の線で表される。

鉄道

色分けが行われており、JR在来線は深緑、新幹線は紺色、私鉄は紫である。他の地図とは異なり白黒ストライプの模様は使われていない。トンネルは、原盤地図では深緑・紺色・紫の破線で表されるが、電子地図ではJR在来線も新幹線も私鉄も全て灰色の線で表される。電子地図・分県地図では単線・複線の区別なく表現されているが[注釈 2]、原盤地図では線路が一本ずつ表記されていることから単線と複線の区別が付く。

境界線

県境と市区町村境が表示されている。電子地図・分県地図では太さによる区別(県境が太い線で描かれている)、原盤地図では色による区別(県境が赤・市区町村境が青)である。なお、城栄国は全方位を海に囲まれる島国で陸上の国境が存在せず、国境を跨いだ図葉が存在しないため、国境線を表す地図記号は定められていない。

等高線

描かれていないが[注釈 3]、山頂の記号は表示されており、標高が数値で示されている。地形の特徴は、主に川の流れ(およびトンネルの存在等)によって示される。

図法

図法は、メルカトル図法などといった既存の図法ではなく、想像地図の描画のために独自に開発された図法である修正型正弦曲線図法である[2]。これは、正弦曲線図法(サンソン図法)に、「惑星が真球ではなく赤道半径と極半径の異なる回転楕円体であることを考慮した補正」を加えたものである。

世界観

城栄国は、地球からも銀河系からも遙か彼方の銀河「天の沢銀河」にある「泉太陽系」の第3惑星「泉星」にある島国という設定になっている。地図中の文字は地名は主に漢字・ひらがな・カタカナで書かれており、城栄国が日本によく似た国であることが想像できる。

しかし、「本当は城栄国では日本語とは異なる言語が使われているが、想像地図は地名などを含めて全て日本語に(日本風に)訳されて描かれている」と設定されており、架空言語も創作の対象に含まれる。具体的には城栄国の公用語は更紗語という言語であり、この言語の創作が進められている[注釈 4]。その一方で、更紗語による地名を日本語に訳す方法を工夫することによって、読者が「本当は城栄国では更紗語が使われている」という設定を知らなければ、想像地図世界が日本語の通じる世界であると感じられる地図を指向している。

しかしながら、日本語版の想像地図はいわば「仮の姿」であり、更紗語版の地図が「本来の姿」ということになる[注釈 5]

なお、この想像地図を包含する宇宙観を意味する単語として「想像地図世界」(想界)が使われる。

作者の視点

想像地図は原則として「旅人」の視点から描画されている[3]。そのため、まだ旅をしていない領域(地図の未描画領域)の情報はほとんど分からないとされる。造物主や為政者の立場から描画するのではないとされるが、これは夏目漱石の小説「夢十夜」の一節「運慶は、仁王を彫刻しているのではなく、木の中に埋まっている仁王を掘り出しているだけだ」という状況と似ていると説明される。

しばしば作者が「造物主」の立場であると誤解されがちであるが、「実際にありそうな現実的な世界」を指向しているため、むしろ作者の個人的嗜好を世界観に反映することは忌避される。多種多様な利害関係をもった人々が暮らす世界全体を平等に描写することが指向されるため、(1人の人間である)作者の好き嫌いや願望・理想などを反映することは禁止されている。諸制約および整合性が優先されることが定められており、意識的に「作者の理想とは離れた世界」を描き出すことが行われている。

しかし、地図に描いているのが作者自身である以上、完璧な形で「客観的に作者の好き嫌いや願望・理想などを排除できているか」を判断することは難しい。そこで、「作者が想像地図世界を思いつく難易度」が「もし想像地図の世界にも『想像地図作者』がいると仮定した場合、彼または彼女が『日本』を『想像地図』として思いつくことの難易度」と比較して同程度であるかどうか、が重要視され、両者の難易度が同程度であれば、充分に現実的であると見なせる、と解釈される[注釈 6]。すなわち、現実世界における「世界の複雑性の総和」と想像地図世界における「世界の複雑性」の総和が同程度になるように描く為のベンチマークとして、「想像地図世界内に存在を仮定した『想像地図作者』」を利用することを規定している。

描画方法

A4用紙を縦横に結合し、それにペンで道路・鉄道・河川・海岸・境界線などの要素を1万分の1縮尺で描き込んでゆく方式で描かれている。

A4用紙で手描きされた地図は、スキャンにより電子化された後、Microsoft Visio を用いてトレースが行われ、ベクトル地図であるVSD地図が作られる。

2024年2月17日時点で、これまでに8万枚以上のA4用紙が使用され、南北2560.14km・東西1461.6kmの範囲が描かれている。なお、地図自体の大きさは縦256m・横146mという大きさに及び、体育館のような場所でさえ広げきることができないほど巨大である。この大きさは、昭和期のゴジラや「進撃の巨人」の超大型巨人の身長を上回る[4]。また、総重量は300kgを超える。

なお、全面完成時は南北2970km・東西2100kmの範囲を網羅する予定であり、地図自体の大きさは縦297m・横210mとなる見込みである。

珍百景登録

2020年2月23日放送されたテレビ朝日の「ナニコレ珍百景」で放送され、珍百景に登録された[5]。なお、このときの取材では、実際に体育館に原盤地図を広げることとなったが、(放送当時における)全体の1割[注釈 7]ほどしか広げられないという結果になった[注釈 8]

なお、放送では「完成時には縦141.3m・横79.8mになる予定」とされたが、正しくは「(放送日時点での)描画済の地図を全て広げると縦141.3m・横79.8mで、完成時には縦297m・横210mになる予定」である。

鉄の掟

想像地図にはいくつかの「鉄の掟」が存在する。

描画における鉄の掟

連続描画の原則

これは、想像地図の描画は「紙が全て繋がった状態で描かなければならない」というものである。例えば、A市とB市とC市が南北に並んでいるとき、A市を描いた直後にB市を飛ばしてC市を描き始める、ということはしてはならないということである。

南北一軸の原則(東西完全連続描画の原則)

これは、想像地図の描画は「南北の描画の主軸は1本で描かなければならない」(東西方向の1行を見たとき、どの行も連続描画になっていなければならない)というものである。

世界観設定における鉄の掟

災害に関する設定を好き勝手に作ることはできない。想像地図世界において災害が発生した日付は、作者が何らかの災難に遭遇した日付と同一にすることが定められている。

ただし、作者が生誕するよりも前、あるいは作者の記憶のない時代に関してはこの限りではない。

なお、災害に関する設定をすることに関しては、不謹慎であるという批判もある。特に、2015年8月23日に勃発した人工言語作者との紛争に由来して「早津県北部地震」の設定を作ったことに対しては根強い批判があった。

変更禁止の掟

既に創作したものを後から改変してはならない。これは、一度描いた地図や一度作った設定を作者の都合によって後から直してはいけないことを意味する。

しかし、変更禁止の掟は例外があり、「設定上の矛盾を解消するため、または、リアリティを増すため」であれば変更は許される。描き直しが行われる根拠はここにある。

なお、地物の変化(例えば新しい道路の開通など)による地図の改訂は、「既に創作したものを後から変更すること」には含まれない。地物の変化は「作者の都合」ではないからである。

地図番号制

地図番号「S185 E250」のつけられた図葉
古野県久住市安武県月島市の境界・久月海峡の地図)

想像地図は縦向きのA4用紙を縦横に連結することで描かれているが、各々のA4用紙には番号がつけられている。「1, 2, 3, 4,…」といった順序的な番号ではなく、「縦(北)方向に何行目・横(東)方向に何列目」であるかを表す座標的な番号体系になっている[6]。例えば、「縦に40行目・横に30列目」であれば「N40 E30」となる。なお、縦の行番号は北へ進むと番号が増え、横の列番号は東へ進むと番号が増える。

この番号は比較的早期に導入されたが[注釈 9]、地図が北と東だけではなく南と西にも広がることが考慮に入れられ、番号の起点は「縦に200行目・横に200列目」(N200 E200)である。

しかし、実際には地図が予想を大きく上回るほど広がり、南下のペースだけが異常に速かった。2011年10月5日に縦に0行目の場所に到達してしまった。そのため、そこよりも南は行番号をマイナスにすることで対応が行われた。ただし、地図上での表示は見やすさを優先し、縦方向のマイナス(0行目より南)は「N-」ではなく「S」で標示される[注釈 10]。例えば、「縦に-40行目・横に30列目」であれば「N-40 E30」ではなく「S40 E30」となる。また、横方向は2019年7月21日に横に0列目の場所に到達した。横方向のマイナス(0列目より西)については、「E-」ではなく「W」で表示される。両方を踏まえると、例えば「縦に-150行目・横に10列目」であれば「S150 W10」となる。なお、この数値は緯度経度とは異なるので注意が必要である。地図番号と緯度経度に関係については「修正型正弦曲線図法」を参照のこと。

2024年2月17日現在、描画域の東西南北端は、

  • 最北端:「縦に409行目」(N409)
  • 最南端:「縦に-452行目」(S452)
  • 最西端:「横に-247列目」(W247)
  • 最東端:「横に448列目」(E448)

である。起点が「縦に200行目」(N200)であったことを思い出せば、南方向に400行分以上進んでいることがわかる。さらに、A4用紙が縦向きに繋げられていて南北方向の1行分の距離の方が東西方向の1列分の距離に比べて長いという事実も考慮に入れると、南下のペースばかりが異常に速かったことが伺える。

地図以外の活動

小説の執筆

描画開始時の2003年から、想像地図の世界を舞台とする小説の執筆が予定されていた。しかし、実際には地図の描画ばかりが優先的に行われ続け、小説の執筆は2008年まで忘れ去られていた。

2008年、想像地図の世界を舞台とする推理小説が執筆されたが、舞台が架空の土地である必要性が全くない小説であるにもかかわらず、物語の本筋とは無関係な地理描写ばかりが過剰に登場するという問題点があった。また、この小説の設定には現在の想像地図の世界観設定に反するものが含まれている[注釈 11]ため、想像地図の公式設定としては削除されている。

想像地図の世界観設定が明確に固定化した2011年、再び小説の執筆が始まった。「舞台が架空の土地である」という特性を充分に生かすため、推理小説ではなく異世界冒険小説が執筆されることになった。しかし、地図の描画に追随して作られる設定というものが存在する限り、すなわち、想像地図の描画が完了していない限り、小説の設定が地図の設定に縛りを課してしまい、地図の描画がやりにくくなるという問題を避けるために、執筆は一時停止と再開を繰り返している。

2015年末になり、再び執筆が再開されたが、2016年に入ってからは再び停止状態にあり、今後の予定は不明瞭である。

なお、小説は創作の本筋ではなく、あくまでも創作の本筋は地図である。「地図という舞台設定ばかりに力を入れており、本筋である小説の執筆が進まない」という批評を受けることがあるが、その批評は前提が間違っている。そもそも小説は本編ではなく、想像地図の「本編」は地図そのものであることを作者は繰り返し主張している[7]が、架空地図が創作活動であるということが認識されにくいのか、なかなかその主張は理解されないようだ。こういった理由もあり、小説の構想の存在には積極的に言及されなくなってきている。

3D化

想像地図世界の3Dモデリングを行うという構想は、2006年頃から検討されていた。しかし、地図の描画範囲が大きく広がったことにより、あまりにも広い範囲をすべて3Dモデリングすることの実現性がなくなってしまった。そのため、2012年以降はこの構想について語られる事は殆どなくなっている。

なお、2023年6月24日に開催された「第5回 架空言語・架空地図学会」の際には3D化よりも架空言語製作を優先する方針が明言されており、将来的に3D化は行われない公算が高い。

架空言語の創作

異世界であるにもかかわらず日本語が通じるというご都合主義を除去するため、想像地図世界で使われる言語自体も創作することが長期構想として掲げられた(想像地図第五期構想)。

構想実現のため、千織語更紗語という2つの架空言語の創作が計画されたが、2015年8月23日第五期構想の一時中断宣言が行われた。

その後の2016年12月28日、「城栄国では、日本語とは異なる言語が使われていが、想像地図は地名などを含めて全て日本語に訳されて描かれている。」という解釈(更紗翻訳解釈)を正式採用することが決定し、いっときは架空言語計画が停止状態となっていた。

しかし、2019年に想像地図研究所に架空言語担当者が加入し、想像地図が複数人による共同製作となったことにより本格的に再開された。その後、複数の言語の担当者が想像地図研究所に加入し、城栄から見て外国語に当たる言語の製作を推進している。

駅名替え歌の製作

2014年から、垰瀬内シリーズ(駅名替え歌)の製作が行われている。今のところ架空駅名ではなく日本にある駅名を用いた垰瀬内シリーズ動画が作られている。将来的には想像地図世界にある駅名での垰瀬内シリーズ動画の製作を行うことが構想されている。

架空地図の描画とは直接無関係なこの活動が行われる理由は主に2つある。第1の理由は、垰瀬内シリーズで使われる駅名を参照することで架空駅名を作る上で参考とすることができるため、第2の理由は、将来的に架空駅名で垰瀬内シリーズ動画を作るための技術の蓄積のため、である。

2017年1月16日七川事件発生し、架空言語路線に続き垰瀬内シリーズの創作活動も停止状態となり、駅名替え歌路線の廃止が検討された。しかし、想像地図研究所の駅名替え歌の熱烈なファンが継続を求めて熱心にコメントをしたことがきっかけで、駅名替え歌は継続されることになった。なお、この出来事のおよそ1年後、想像地図の人はこの熱烈なコメントをした人と結婚している[8]

架空地図学会への参加

2015年以降、架空地図作者の集まる会合に参加している。その中でも、架空地図学会関西および架空言語・架空地図学会は想像地図研究所の主催で開催されたものである。

Tanukipediaにおける記事執筆

この記事自体も含まれるが、Tanukipediaに想像地図世界内のあらゆる事象に関する記事を網羅的に執筆する活動が行われている。全分野が対象であるが、想像地図が交通網の描写に注力していることもあり、交通網に関する記事が多い。

なお、長期的な目標として城栄国内の全ての駅の記事を執筆することが大きな目標となっている。城栄国にはおよそ9000箇所の駅があると推定されているが、2023年8月時点において、全体の約9割の駅の記事が作成されている。

ただし、最近は言語や市町村など交通網以外の記事も増加しつつある。

歴史

この想像地図・城栄には2種類の歴史がある。

1つは描画の歴史描画史)であり、これは作者の想像地図の人(別名義:Sirnoka/TANUKI)[注釈 12]がこの地図を描いてきた歴史、すなわち作品それ自体の歴史(作業遍歴)である。これは描画史と呼ばれており、本項目ではこれに関して説明する。

もう1つは城栄国の歴史城栄史)であり、地図に登場する「城栄国」の歴史である。これは「作品の設定」、すなわち世界観の一部であるため、世界観設定の変更によりその内容は数次にわたり変更が加えられている。城栄国の歴史については城栄国#城栄国の歴史を参照

描画史

描画史は、次のように区分けされた時代区分がある。

  • 描画開始に至る前の前歴(1998年~2003年)
  • 描画第1期(2003年)
  • 描画第2期(2004年~2007年)
  • 描画第3期(2008年~2009年)
  • 描画第4期(2010年以降)
    • 第4期前期(2010年~2013年)
    • 第4期中期(2014年~2016年)
    • 第4期後期(2017年~2020年)
  • 描画第5期(2020年以降)

これは想像地図の世界観の変化に従って区分けされた時代区分である。以下では、これらを時系列順に記述する。

描画開始に至る前の前歴(1998年~2003年)

作者のSirnoka(想像地図の人)は幼少期から架空の地図を描いており、記録に残る限りの最古の架空地図は1998年のものがある。この頃は主に鉛筆のみを用いており、最初はトミカサイズ(約60分の1)が主であった。

その後は1000分の1のものが登場し、最終的には1万分の1のものが登場した。1万分の1になってからはペンを用いた色分けが行われるようになった。

ただ、この時期は、それぞれの地図は「単発的」であり、1つの世界観を共有してはいなかった[注釈 13]。また、道路や鉄道が描かれるものの、地名が記されることは稀であった。

しかし2003年春頃、地名を創作し世界観を固定した体系的な架空地図を創作することを趣旨とする「想像地図構想」が検討され始めた。

描画第1期(2003年)

第1期は、設定世界観が「関東西部」とされていた時期のことである。

2003年春頃に検討され始めた「想像地図構想」に基づく形で、同年2003年6月29日、A4用紙を縦横に繋げて1万分の1縮尺の手描き地図の描画が開始された。想像地図研究所では、このときをもって想像地図の製作開始と定義している

このプロジェクトでは、関東西部のどこかにあるニュータウン「茶柱市」とそこを走る地下鉄を中心に描画が行われた。

第1期では鉄道路線図がPCベースで作成されたが、地図は手描きの地図のみが製作されトレースなどは行われなかった。将来的なデジタル地図の作成構想はあったが、具体的な方法論について顧みられることはなく、構想の域を出ておらず実現の見通しは全く立っていなかった。

描画第2期(2004年~2007年)

第2期は、設定世界観が「日本のどこか」とされていた時期のことである。

2004年になると描画の範囲が主に南と東に向かって広がった。ニュータウンの外縁部の描画も行われ、高速道路や国道と言った広域的な幹線道路が登場するようになる。また、鉄道に関してもJRの幹線路線が登場し、地下鉄という都市内の交通だけではなく、都市間を結ぶ広域の鉄道網が登場した。この頃から世界観は「関東西部」から「日本のどこか」というやや曖昧なものに変化した。

描画範囲は広がり続け、2004年中に初めて海岸部(泉川市)まで到達した。今まで描いていた地域は、日本のどこかにある「茶柱県」という県であると意識されるようになると、県内全域の描画を目指す形で描画が進むようになった。

2006年には、それまでの速度のまま描画を続ければ60年後に完成するという試算が出されるなど[注釈 14]、長期的な描画について意識されるようになってきたのもこの時代である。

手描き地図をPCにトレースする作業もこの時代から始まった。この時代も手描き地図は1万分の1のままであったが、トレース地図は縮刷版という位置づけであり、20万分の1で作成された。また同時期に、想像地図世界を立体映像で再現するという構想も浮上した。

そして2007年2月、描画範囲は茶柱県の南隣の片山県へ到達した。10月には西隣の森崎県へも到達し、森崎県側でも海岸へ到達する。これによって、それまで描いていた地域は、東北地方のように南北方向に延びた陸で東西両側に海がある場所であることが示された。しかし、茶柱県の描画は北部ではあまり進んでいなかった。

描画第3期(2008年~2009年)

第3期は、設定世界観が「日本のどこか」というものから「架空の国」へと移行しつつある時期のことである。

描画している範囲がまた広がり、2008年以降は徐々に架空の国という雰囲気が強まっていくが、あくまでも日本の一部という認識があった。

2008年は描画開始以来最高の速度で描画が進み、茶柱県北部の描画が進んだ。そのことによって、茶柱県の面積が推察できるようになり、岩手県よりも広い面積を持つことが判明し、「日本のどこか」という設定には無理が生じるようになっていた[注釈 15]。そのため次第に「架空の国」という設定に移行しつつあった[注釈 16]

同時期にトレース方法も変化した。それまでは20万分の1でトレースが行われていたが、2008年7月1日から10万分の1に移行している。手描き地図は、それまでの地図にA4用紙を繋げ続けていく方式がとられているため1万分の1のまま変化はない。

また、2008年9月21日、正縮尺の地図が画像として初めてインターネット上で公開された(それまでは路線図や統計のみが公開されていた)。

一方、この頃に描かれた三桝海峡大橋の全長が、吊橋としての長さが明石海峡大橋を超えないように設定されており[注釈 17]、仮に「架空の国」だとしても「地球上の架空の国」と意識されているようである。

しかし、三桝県江島県岩本県平岩県と次々に描画範囲が南へ広がってゆき、2009年の時点で描画範囲は南北500kmを超えていた。このため「地球上の架空の国」という世界観も怪しいものとなっていった。

なお、この頃も長期的な描画は強く意識されており、30年後の完成が目指された。このときは、A4用紙2万枚の地図を描けば完成とされた。

描画第4期 前期 (2010年~2013年)

第4期は、設定世界観が「架空の惑星にある架空の国」とされてからの時期のことである。その内、2013年までを第4期前期と呼ぶ。

2010年4月7日、描画範囲を今後広げていくにあたって世界観を明確に決定することとなった。これまでの曖昧な世界観から、「架空惑星上にある架空国家」という設定に変更され、国全域を描くことが長期目標として設定された。これに伴い描画目標枚数がA4用紙2万枚から6~7万枚[注釈 18]に引き上げられ、2043年までに完成させるという目標が設定された。作者が「想像地図を完成させることが自分の使命である」と意識し始めたのもこの時代である。

刷新された世界観を元に描画が進み、同年12月14日には国名が「城栄国」(じょうえいこく)であるという設定が正式に決定した。城栄国は「泉星」(いずみせい)という架空の惑星にあると設定された。なお、旧国鉄が民営化されて誕生した鉄道会社の名称はそのまま「JR」とされた。これは城栄国の頭文字がJだからであるが、「城栄国」という名称が決まる前の段階で地図上のあらゆる場所に「JR」という表記が既に存在しており、もはやJRという名称が変更不可能と判断され、Jで始まる国名が選ばれたという側面もある[注釈 19][注釈 20]

同時期に、「大阪のような地域である『生方府』を描く」という目標が打ち立てられた。このとき、大きな街を描くに当たって事前調査が数次にわたり行われ、異なる縮尺で下書きが行われた。これにより、「全体を俯瞰しながら地図を描く」という方法論が成立し、現在に続く「3度の下書きの後の清書」という描画方法が確立する。

また、それまで主要街道筋に沿った線状の描画が行われていたものが、2011年からは街の核を中心とした面的な描画に変化した。そして城栄第2の都市たる生方を中心として各方向へ描画が広げられ、描画は生方府を中心に面的に広がっていった。

2011年6月5日、首都名が南栄、京都に相当する古都名が栄都と決定[9]。また6月26日、泉星の諸元について設定が行われ、今までよりも定量的・数値的な描画が意識されるようになった。

数値的で綿密な計画に基づいた描画方法が確立した甲斐あって、生方府の描画は約1年で完了した。2011年7月30日、生方府は、想像地図世界に登場する都道府県として初めて県内全域の描画が完了した。完了後も生方府の周囲に隣接する県の描画がそのまま続けられた。

8月15日、茶柱県中心ではなく生方府中心の描画に移行しており、既に「城栄国」という世界観が確立していることを鑑みて、地図の名称が想像地図・茶柱から想像地図・城栄に変更された(想像地図研究所の設立はこの日である)。また、8月21日にはサイト名が想像地図・茶柱から想像地図研究所に変更された。これ以降、単に想像地図と呼ばれることも増えてきた。

2012年、隣国に関する言及が行われ、中国に相当する国の名称が「森国」であると設定された。作者が架空言語界隈に触れたことをきっかけに、城栄国の南東の海上で隣接する隣国の「ヒッタン国」の言語、「ヒッタン語」の創作が始められた。また、作者が台湾旅行を経験した影響か、城栄国の南西の海上で隣接する隣国である森国散莱に関してもサイト上で言及されるようになった。森国と散莱は中国と台湾に相当する地域であり、中国語と同じ言語が話されていると設定された。

その後、描画に使われるA4用紙を大量購入・運搬する作戦として、第1回やしま作戦が行われた。

また、第1期および第2期で描かれた図葉の一部について描き直す計画が発表され、12月2日より実際の作業が開始されている。

2013年、作者は初めての青春18切符旅行を行い、13年ぶりの九州上陸を果たした。その影響か、中国地方や九州地方に相当する地域の描画の準備が行われ、同年9月以降に中国地方に相当する係州地方の描画が本格化した。描画速度も加速し、2010年に立てた目標は前倒しされ、2040年までに完成させるという目標が設定された。なお、総枚数1万枚の大台は、九州から戻った直後に達成している。

2013年8月5日、想像地図の図法が修正型正弦曲線図法であることがサイト上で言及された[10]。また、地図上の緯線が地理緯度ではなく修正緯度であったことが明言された。これは、想像地図の描画域が広がっており、惑星の丸みを考慮する必要が出てきたが、それまでの地図を描き直すわけにはいかず、それまでの地図がどの図法で描かれてきたと解釈するのが良いかが検討された結果であり、一種の解釈改憲といえる。

2013年11月以降、作者が多忙を極める時代に突入したが、作者は梢重の夢を見るなど[11]、今までにない経験をいくつもした。また、多忙で創作活動に費やせる時間が減少したにも関わらず、新技術の投入でそれまでになく速いペースで描画が進んだのもこの時代である。

描画第4期 中期 (2014年~2016年)

第4期は、設定世界観が「架空の惑星にある架空の国」とされてからの時期のことだが、中でも2014年から2016年を第4期中期と呼ぶ[注釈 21]

この時期になると、「第五期構想」というものが持ち上がった。

それまで、城栄国の言語に関しては「城栄国では日本語にとほぼ同じ言語が話されている」と設定されていた[注釈 22]。しかし、これに対して批判的な意見が見られるようになった。それはすなわち、「架空惑星の架空国家、つまり異世界である限り、日本語と同じ言語が通じるのはご都合主義的である」という意見である。

そこで、第4期に次ぐ第5期では、城栄国で話される言語自体も架空言語をゼロから創り上げることにより、言語に関するご都合主義的な部分をなくす構想が持ち上がった。この構想の実現のためには、漢字に相当する表意文字ひらがな・カタカナに相当する表音文字を全てゼロから創作する必要がある。すなわち、中国語(漢文)に相当する架空言語を作り、続いて日本語に相当する架空言語を作る必要がある。この構想に基づき、2014年8月より、中国語に相当する架空言語の創作が開始された。この架空言語は同年10月に千織語と命名され、本格的な創作が始まった。そして、将来創作する予定の、日本語に相当する架空言語は更紗語と命名された。

一方で、架空言語の創作が本格化しても、地図の描画は速度を落とすことなく続けられた。2013年から2014年にかけて導入された新技術で2倍速での描画が可能となり、2015年には想像地図倍速描画計画が実行に移された。完成目標はまた前倒しされ、2028年までに完成させるとされた[1]

2015年1月28日、完成率は30%に到達した。また、5月11日に総枚数が2万枚に到達した。「2万枚」は、かつて第3期において最終完成目標となっていた値ではあるが、第4期においては完成目標の3分の1に満たない。ただし、第3期では「(2009年から)30年後までに2万枚仕上げる」という目標であったため、このときの予想よりも5倍速く描画が進んでいることになる。

2015年6月11日、修正型正弦曲線図法を数学的に厳密に扱う方法が確立し[12]、これ以降、地図に経線が引かれるようになった。

しかし、地図と千織語の両方の創作を同時に続けていることは、作者の心身に多大な負担をかけ続けた。また、千織語は中国語に相当する架空言語であるため当然のことながら背景世界観として日本的ではなく古代中国的な世界観を持っている。これを創作することは、「作者自身が千織世界観に支配されること」をいかに防ぐか格闘し続けることを意味する。そんな中で2015年8月23日、想像地図の作成母体の想像地図研究所は、架空地図や架空言語に関する価値観等の対立から凪霧作者の鮎川氏と紛争状態に突入した(想凪戦争)。扇情的な言い争いによる「紛争」が暫く続いたあと、8月27日15時に戦闘終了が宣言された[注釈 23]

このとき、作者は初めて「作者自身が千織世界観に支配されてしまっていた事実」に気付いた。そこで、「作者自身が千織世界観に支配されること」が再び起きることを防ぐため、千織語の製作を停止し、第五期構想を事実上凍結することが決定した(高樹の決断[13]。また、版図の広がった想像地図の描画に専念するため、一時はヒッタン語の製作凍結も検討されたが、結局はヒッタン語は公式中断宣言はなく、むしろ架空言語の創作活動を凍結しない宣言が行われた[14]。しかし、この宣言以降、架空言語に関する創作は全く行われておらず、実態としては想像地図研究所の架空言語創作活動は(2019年まで)停止状態が続くこととなった。

2015年9月、南栄都中心部の描画が本格的に開始された。最初は幹線鉄道沿線の描画を「第1期作業」として優先的に行うこととなり、11月3日に第1期作業が完了した。

南栄描画第1期作業が完了した直後の2015年11月5日から、作者は再び多忙期に突入し、しばらくは描画速度が停滞していた。しかし、2016年1月に入り、南栄の幹線鉄道の西側の地域の描画が「第2期作業」として着手され、多忙期の一段落ついた2016年3月から本格的に作業が行われ、6月3日に南栄描画第2期作業が完了した。

その後、南栄の描画は、港湾部を含む南東部地域の描画が「第3期作業」として位置づけられた。第3期作業は何度かの休止を経つつも継続され、10月16日に完了した。これに伴い、南栄の都心の地図が初めてホームページ上で公開された[15]。その後は南栄の描画を一旦停止し、高見県赤松県の描画が進められ、12月中に嶽部山およびたけべ市の大半の描画が完了した。

一方で、2016年内は架空言語の創作活動は全く顧みられることがなく、ついに2016年12月、「城栄国では、日本語とは異なる言語が使われている。しかし想像地図は、地名などを含めて全て日本語に訳されて描かれている。」という解釈(更紗翻訳解釈)を公式設定として取り入れることが決定し(たけべ宣言[注釈 24]、これをもって第五期構想は事実上の未成線化となった。

描画第4期 後期 (2017年~2020年11月)

第4期は、設定世界観が「架空の惑星にある架空の国」とされてからの時期のことだが、中でも2017年以降を第4期後期と呼ぶ[注釈 25]

2017年に入ってからは高見県赤松県に加えて、その南側に隣接する野波県の描画も本格化した。5月9日には赤松県内全域の描画が完了した。赤松県内の描画が始まってから1年と経たずに完了し、1県全域描画の最短記録となった。さらに、足踏み状態が続いていた五国地方八州地方についても、部分的ではあるが描画が進められた。そして5月20日、遂に完成率が50%に到達し、作業量的折返し地点を通過した。

2017年6月以降は、五国地方(主に柄本県西部)に加えて、城栄海沿岸の保蘭県の描画が進められた。一方、南栄の描画は、登茂丘陵周辺の描画が「第4期作業」に位置づけられ、9月に着手し、10月に完了した。続きその後も南栄周辺の描画が継続されたが、高密度な描画が続くことにより描画速度は大きく落ち込んだ。このため、南栄の描画は一旦停止し、八州地方の描画が進められ、12月には岸下県内の描画も開始された。また、同時期に福本県弓木県内陸部の描画も進められ、描画速度は回復したが、2017年内の描画枚数は2016年内のそれよりも少なく、2010年から2016年まで連続で加速してきた描画速度が7年ぶりに減速に転じることとなった[注釈 26]。このことは非常に衝撃的な事実として受け止められることとなった

2018年は、引き続き岸下県に加えて、福本県弓木県内陸部の描画が継続された。南栄の描画についても、地名の勘案が進んだため再開され、2月10日に北西部が[16]、5月26日に南東部が公開され[17]、これに伴って南栄の都心部の地図は全て完成し、公開された。その後は引き続き首都圏の描画が続けられ、主に野波県千明県の描画が進められた。

2018年夏に作者は東北地方への旅行を行い、その知見を生かして直州地方の描画を進める準備も開始された。直州地方は描画を進めるに当たって描き直しが必要になる部分が多く存在するが、その作業も2018年末から本格的に行われ始めた。安久地方の未描画部分の描画も進められ、福本県滝本県の全域の描画も完了。10月末までに完成率が60%を突破した。また、作者が念願だった伊勢神宮への参拝を2018年12月12日に果たしたが、その翌日、伊勢市周辺をモデルとしていた寺島県辰真市の描画が行われ、これによって寺島県の全域の描画が完了した。2018年の描画全体の進捗速度は、2017年に比べると僅かながら改善したが大幅な改善とはならず、翌年は再加速が課題となった。

2019年は、直州地方東岸部の描き直し作業に加え、本格的に直州地方内陸部の描画も進められた。このほか、首都圏西部の描画も進み、2月27日には千明県が全域の描画が完了し、4月4日には斎賀県の描画に進出。4月23日には温水県全域の描画が完了した。5月には関西コミティアに城栄国分県道路地図帳赤松県版・早津県版を出展するため、その準備も行われていた。

2019年7月27日には、完成率が66.66%(3分の2)を突破し、10月12日には70%を突破した。これによっていよいよ想像地図は、完成への道が見えてくる段階に足を踏み入れたと考えられるようになった。完成への道が見えたことで、城栄全域の描画に必要な枚数が61000枚という見立てでは足りなかったことが判明し、2019年10月28日、完成時の目標枚数が65536枚に引き上げられた。これに伴って完成率の計算方法が「描画済枚数÷完成時目標枚数」という単純な計算式ではなく、「描画済枚数×5/3806 + 26460/1903」という計算式に変更された[注釈 27]

南栄の描画についても、2019年11月12日にテーマパークの名称が決定したことから未描画部分の描画が行われ、ついに南栄の全域の地図が完成した。これにより南栄新川地区の地図が公開された[18]

また、2019年において特筆すべきことは架空言語の製作計画が本格的に復活したことが挙げられる。2019年8月5日には、想像地図研究所への新メンバー加入により2015年以来4年ほど停止していた千織語の製作再開が宣言された。また11月24日にも新メンバー加入があり、計画どまりだった更紗語と、英語風言語の製作が開始されることとなった。「城栄国では、日本語とは異なる言語が使われている。しかし想像地図は、地名などを含めて全て日本語に訳されて描かれている。」という解釈(更紗翻訳解釈)についても再確認され、更紗語の地名の意味を日本語に直訳した意訳地名だけではなく、更紗語の地名の音に日本風の表記をあてた音訳地名もあるという解釈(辰田解釈)を公式設定とすることになった。

2020年は、2019年に引き続き直州地方内陸部の描画と首都圏南部の描画が行われた。その結果、2月7日には直江県全域が描画完了した。また同じく2月にテレビ朝日の「ナニコレ珍百景」の取材を受け、2月22日にその取材内容が放送され、珍百景に登録された[5]。その後、城栄全域の描画に必要な枚数の見立てについての再検討が行われ、やはり65536枚でも不足という結論に至り、2月26日に完成率の算出方法の計算式が再変更され、「(描画済枚数 + 2×描き直し済み枚数)×25/32232 + 152900/4029」という計算式に変更された。一方、首都圏南部の描画は2月29日に舟山県の県内全域描画完了を持って完了し、これに伴い首都圏全域の描画が完了した。また、3月にも関西テレビの「ウラマヨ!」の取材を受け、5月9日にその内容が放送された[19]

2020年中頃からは、沙木半島八州の大規模な描画が進められたことで生じた世楠洲特需北八州特需南八州特需により大きな進捗を出し、1年間で1万枚以上を描くという史上類を見ない大進捗を生み出した。後に、2020年の大進捗のことは、当時の流行にあやかって「全集中 地図の呼吸」と呼ばれることになった。

また、2020年において特筆すべきことは世界観設定に関して大きな進捗があったことである。自転周期や公転周期といった天文分野の考察が進んだことで、想界暦に関する設定も進んだ。第五期構想の前提となる更紗語の製作も大きく進められ、異世界としての世界観がはっきりしてきた。最初に確定したのは、江島県の県庁所在地の川原市更紗語名の「ムヮサ (mwasa)」である。更紗語の語彙整備によりこの作業は順次進められた。

また、五国の大規模な描画が行われた。

一方、この時期は想像地図の人と相方との間で発生した冷戦が問題となり、創作活動に大きく影を落とすことになった。

描画第5期(2020年11月~)

第5期は、2020年11月14日に、城栄国にある73都道府県の名称が全て確定してからの時期のことである。

2020年末から2021年始にかけては五国の大規模な描画が行われ、ほぼ全域の描画が完了した。同時期に石州三国の描画に注力することとなった。石州は、樋井県佐分利県の描画を優先して描画が行われ、その後に徳沢県東部や下賀県曽田県に着手した。三国は、2021年7月までに南半分の描画が完了。南川海峡より東側にある小田島県副島県、そして和久津県の描画にも着手した。また、11月からは三国北部の描画も行われ、三国の描画が完了した。この大進捗は兼元特需と呼ばれることとなった。

なお、2021年3月に想像地図研究所は拠点の移転が行われたが、進捗には大きな影響はなかった。移転直前の時期は「南川時代」と称されている。この時期には、2021年3月27日・28日の「マニアフェスタ Vol.5 大阪」に出品するため、城栄国分県道路地図帳斎賀県版・千明県版の制作も行われていた。

2021年後半は、直州地方の描き直し作業も順次行われ、川原市まで国道3号沿道地域の描き直しが先行して行われた。その結果、描き直しの完了した部分が南北に一筋に繋がった。その後は江島県以北の描画が進められた。

2022年は江島県に引き続き沢岡県の描画に着手。県庁所在地の沢岡市および北部の小正半島の描画が行われた。1月11日、遂に小正海峡を越えた先の北陽道の描画にも進出した。その結果、「1枚も描画が行われていない県」は安沢県ただ1つだけになった。北陽道の描画進捗に伴って、城栄全域の描画に必要な枚数の見立てについての再検討(2年ぶり3回目)が行われ、完成率計算式が2022年1月28日に再変更され、「(描画済枚数 + 2×描き直し済み枚数)×79/162800 + 23636/407」という計算式に変更された。

2022年5月、作者は北東北旅行を行い、青森県への訪問を果たしたことにより、日本全国47都道府県制覇を達成した[20]。その後は、城栄において北東北に相当する地域の沢岡県森崎県江島県の描画が大きく進んだ(三冬月特需)。

描き直しの進捗に伴って、城栄全域の描画に必要な枚数の見立てについての再検討(8ヶ月ぶり4回目)が行われ、完成率計算式が2022年9月8日に再変更され、「(描画済枚数 + 2×描き直し済み枚数)×79/233900 + 162800/2339」という計算式に変更された。

そして2022年9月10日、沢岡県全域の地図の描画が完了した。これにより、(描き直しを伴う部分を除けば)貫州の全域の描画が完了した。これに伴って描画の主軸は北陽道に移されることとなった。

2022年は、茂与特需三冬月特需白波瀬特需により大きな進捗を出したことによって、2020年に続き史上2回目となる、1年間で1万枚以上を描くという大進捗を生み出した。後に、2022年の大進捗のことは、当時の流行にあやかって「地図描画って、すごく密なので」と呼ばれることになった。

想像地図の描画が開始されて以来、2022年まで想像地図の進捗は加速することばかり考えて進められてきた。その結果、想像地図の描画は作者にとっては衣食住に次ぐ第4の生活習慣として定着した。このことは、地図が完成したときに生活習慣が激変し、それによる悪影響が懸念されることも意味する。そうした理由もあり、完成時の軟着陸という観点から、2023年以降は地図の描画速度を徐々に減速していく方針となった。2023年になってからはその方針通りに描画速度は減速している。

2023年1月時点では城栄国最南端の安沢県が唯一、県内全域がすべて未着手状態のままとなっていた。安沢県は地名の造語に難があり、長期に亘って着手できない状態が続いているが、この原因は「想界版琉球語問題」である。すなわち、更紗語と語族を同じくする「琥賽語」(いわゆる想界版琉球語)[注釈 28]の製作が不可欠であるが、そのためには更紗語の単語を安定的に造語していき早期に城栄国の全ての駅名を確定させるという必要性が再認識された。そのため、城栄国の全ての駅名を確定させるべく、描き直し作業は沖島半島東部や水川半島北東部など鉄道が通っている地域が優先されることとなった。2月には、2017年から描き直しの必要性が認識されていながらも、どのように進めていくかの方針が定まっていなかった生方府西部と住谷県北西部に跨がる地域の描き直しにも着手しており、この地域も線路沿いを優先して作業を行うこととなった。この地域の描き直しは、2ヶ月ほどの時間がかかって2023年4月22日に完了した。その間も、北陽道の北部の描画は継続されており、2023年4月21日に南北方向の描画範囲が2000kmを超えた。これにより原盤地図の物理的な大きさが、200mを超えることとなった。

また、安沢県の描画のために、モデルとすべき沖縄県の巡検が必要とされていたため、2月頃からその計画も進められた。沖縄巡検は2023年5月に実行された。その後、安沢県の描画の方針に関して想地研通話会議でも何度も議題となり、結局は琥賽語の製作に着手できなかったことから、陽島地方と同様に意訳地名を基本として地名の造語を行う方針になった。それに基づいて下書きが作成されていき、ついに2023年5月20日、「唯一の未着手県」として最後まで残っていた安沢県の描画が開始された。これにより城栄国の全73都道府県すべてが、描画完了または描画途上になった。

一方で北陽道については、描画範囲を順調に北に向けて広げていたが、最北端部で描画範囲が「城栄国の実効支配の及ばない範囲(海域)」にはみ出す可能性があることから(想界版北方領土問題)、北側の海峡を挟んで接する隣国に関しての設定を固める必要性が論じられるようになった。こうしたことから「想界版露語」の担当者の加入の必要性が議論されるようになった(その後、9月に担当者が加入している)。

6月には「痛快!明石家電視台」の取材を受け、7月2日にその内容が放送された[21]。これによって想像地図本体に加えて、更紗語が地上波で初登場となった。これは実質的に更紗語の音声が初めて世に出た瞬間であった。

描画全体の進捗速度は、2028年完成という目標を充分に達成できる速度を維持している状況である。ただし、最後の2年間は設定の見直し・修正などに費やされることが想定されている[22]。またその一方、描画が行われているPCの環境をWindows11に移行することが困難であると言う懸念が2023年初頭から認識されており、Windows10のサポート終了期限である2025年10月14日以降には地図描画作業を終行うことが困難になることが懸念されている。こうした理由から、描画作業の最終的完成は2025年10月までに達成されることが望ましいと考えられるようになった。2023年夏は想定よりも描画速度が低下しすぎてしまったため、再加速が行われる場面もあった。これによって北陽道の北部の描画が大きく進むことになった。また、長い間未着手のままとなっていた、奄美群島にあたる地域である北琥賽諸島についても、2023年12月3日に余鳥中島に着手した。この過程で想像地図の総枚数が8万枚を突破した[23]

2024年は、年明け間もない1月6日に北陽道坂筺市中心部の描画が行われた。これによって、城栄国内の鉄道が通る地域は全て描画が完了した。この時点で城栄国のJR線は全てキロ程が測定済であったため、城栄国の最長片道切符経路の探索を行うための前提条件が揃った。これによって探索が開始され、数次にわたる試行錯誤を経て1月16日に最長経路が判明した。その後は、過去の最長経路の変遷についても研究が進められた。

2月5日には安沢県玖紗市照喜名地区の描画が行われ、高速自動車国道の通る地域も全て描画済になった。この時点では一般国道自動車専用道路の通る地域には未描画の部分もあるが、有料の高速道路は全て描画が完了しているため事実上の高速道路全線描画完了と捉えられた。さらにその3日後には一般国道自動車専用道路の通る地域も全て描画済になった。これによって、名実共に高速道路の描画が完了したと言える。

こうして地図の描画が完成目前となったことで、新たな課題への着手が可能となった。それは「国道番号」の決定である。城栄国の国道番号は、一部の主要な路線のみ番号が確定している[注釈 29]状態で描かれており、それ以外の国道は「赤色の線を用いて描画され、国道であることは確定しているが、番号は不明のまま」という状態になっていた[注釈 30]。現実世界の国道番号の付番方法について研究を行った上で、まずは2桁国道について付番が行われ、この作業は2024年2月14日に完了した。それ以降は3桁国道の付番が行われている。しかしながら、既に国道178号国道193号の2路線に限っては2017年の時点で既に確定していた。これは「適当に決めても何とかなるだろう」の精神で決められてしまったものであったため、この番号が違和感がないように(北から順に付番していって辻褄が合うように)する必要が生じることとなった。

なお、最終解決に至っていない間想冷戦を円満に解決できるかどうかも、想像地図の今後の進展に大きく影響を与えるものと考えられる。

地域別の進捗

本節では想像地図の描画の進捗を、地域(73都道府県)別に概説する。

凡例
番号 : 城栄国の都道府県につけられた固有の番号で、日本でいう「JISコード (JIS X 0401)」に相当するもの
開始日 : 想像地図の描画作業内において、その都道府県内の領域の描画が始まった日
完了日 : 想像地図の描画作業内において、その都道府県内の領域が全て描き終わった日

なお、建前上は本土部のみならず島嶼部も完了した時点で「県内全域描画完了」となるところであるが、島嶼部のみで構成される自治体が1つもない場合は、例外的に本土部のみが完了した時点で「県内全域描画完了」宣言が行われる場合もあるが、島嶼部のみで構成される自治体が1つもない場合でも宣言が行われていない事例(糸川県)もあり、やや混乱した状況になっている。

番号 都道府県 開始日 完了日 詳細
1 北陽道 2022-01-11 2024-03-20 2022年始に沢岡県から北上して小正海峡から着手し、桜道本線沿線から順次描画に着手。最後まで北部・西部・東部に未描画領域が多く残っていたが、2024年1月6日の「坂筺到達」によって描画域が道内東部の坂筺市に到達し、城栄国内の鉄道路線全線の描画が完了した。2024年3月初めの時点では最北部の野寒半島が未描画領域として残っていたが、3月20日にこの部分の描画が完了し、北陽道内全域の描画が完了した。なお、離島がある可能性について指摘がある。ちなみに、「城栄国政府の見解では北陽道の真北側にある島も城栄国の領土であるが、この部分は隣国との領土問題となっている場所でもある」という設定がある。しかし想像地図の作者は「想界の政治家」という立場ではなく、城栄国政府の見解には寄り添わない(三品の原則)という制約があるため、この部分は地図の描画対象から除外された。
2 沢岡県 2022-01-06 2022-09-10 2022年始に県東部の沢岡湾かもめ鉄道および小正線沿線から描画に着手。線状に描画を行い、5日後には北陽道の描画に着手した。その後、2022年5月に想像地図の人が行った北東北巡検の結果を踏まえて、県西部の描画にも着手し、三冬月特需による集中的な描画を経て2022年9月10日に県内全域の描画が完了した。
3 江島県 2008-11-03 2022-05-18 旧設定時代の2008年末期に描画に着手し、県南部にある県庁所在地の川原市近辺のみ描画が進んでいた。その後、2012年に申し訳程度の進捗を出したが、それからしばらくの間は描画が止まっていた。さらにその後、2008年に描かれた部分を描き直すこととなり、その作業は2021年になって着手。この描き直しの完了後、9年ぶりに新規描画が再開した。それに続く形で2022年の三冬月特需による集中的な描画を経て、2022年5月18日に県内全域の描画が完了した。
4 森崎県 2007-10-06 2022-09-06 旧設定時代の2007年に県庁所在地の一江市とその周辺の描画に着手し、2009年までに県域のおよそ半分の描画が完了していた。その後は南に接する平岩県の描画も進められた。しかし、平岩県北部の描き直しに続いて、森崎県についても2009年までに描かれた部分は全て描き直すこととなり、2021年から2022年にかけてその作業が行われた。県庁所在地の都市名の「一江市」は旧設定では「かずえし」という読み方であったが、設定変更により「いちがえし」という読み方に変更された。これは現実世界に「n戸市」があるのとどうようの都市群が想像地図世界にもあるであろうという現想対称性の考察から得られた帰結により、想界には「n江市」があるという結論に至ったためである。このため未描画部分には「七江市」が設定されることとなり、それに基づいて県北部の描画計画が進み、三冬月特需による集中的な描画を経て、2022年9月6日に県内全域の描画が完了した。
5 信近県 2020-08-15 2023-05-09 旧設定時代は茶柱県の一部であったが、描き直しに伴う設定変更により、旧設定での茶柱県の北部にあたる部分が新設定では「信近県」になった。ただし、これはあくまでも想像地図世界で茶柱県が分割されたという設定ではなく、設定の書き換えにより「茶柱県という県は元々存在せず、泉川県と信近県がある」という設定に変更されたという意味である。茶柱県としての描画は2008年春の時点で開始されていたが、後の設定で信近県となる部分は一枚も残すことなく全てが描き直されることとなり、信近県としては2020年夏に描画が開始された。2021年内に主要幹線沿いは完了し、最後まで水川半島地域が残っていた。2023年5月5日の想像地図研究所通話会議において、「想界に八郎潟のような場所がないことが現想対称性に反するのではないか」という問題提起が行われた。その議論の結果、八郎潟のような場所(二葉潟)をこの地域内に設定することとなり、描き直しが最後まで残っていた水川半島先端部の先を伸ばして男鹿半島のような巨大陸繋島を設定することとなった。この作業の完了をもってして、2023年5月9日に県内全域の描画が完了した。
6 泉川県 2019-10-28 2022-12-31 旧設定時代は茶柱県の一部であったが、描き直しに伴う設定変更により、旧設定での茶柱県の南部にあたる部分が新設定では「泉川県」になった。ただし、これはあくまでも想像地図世界で茶柱県が分割されたという設定ではなく、設定の書き換えにより「茶柱県という県は元々存在せず、泉川県と信近県がある」という設定に変更されたという意味である。茶柱県としての描画は、想像地図自体が最初に始まった場所であるため2003年6月29日の時点で開始されていたが、後の設定で泉川県となる部分は一枚も残すことなく全てが描き直されることとなり、泉川県としては2019年10月28日に描画が開始された。泉川という名称は、旧設定における茶柱県の第二の都市の名称に由来するが、新設定では泉川が県名になる一方で県庁所在地名は「別役」となった。2022年の大晦日に県内全域の描画が完了した。
7 片山県 2007-02-10 2022-12-29 2007年の初めに(旧設定における)初めての隣県として描画が開始された。描画作業は2007年から2008年にかけて精力的に進められたが、描画着手時期が早かったこともあり、のちに多くの部分が描き直しの対象となり、2012年から描き直しが実行された。その一方で県西部の山間部は未着手部分が多かったこともあり、本格的な着手は2019年まで待たなければならなかった。一方で海岸部の描き直しは計画が二転三転したため着手に時間がかかり、最終的には2022年の年末に県内全域の描画が完了した。
8 岩本県 2009-02-13 2023-05-10 2009年の初めに県北東部の春瀬市から描画が開始された。春瀬市の描画では、夢で見た風景を地図描画にそのまま活かすという方策が初めて本格的に適用された。描画作業は2009年に精力的に進められたが、のちに多くの部分が描き直しの対象となり、2019年から描き直しが実行された。最終的には2023年5月に本土部については県内全域の描画が完了した。なお、新規描画を行うべき部分はなくなったのでこれをもって「完了」として扱われているが、実際は島嶼部の描き直しについて結論が出ていない。
9 奥井県 2009-11-17 2020-04-19 2009年の末に岩本県に続く形で描画が開始された。沿岸部の描画は2010年中頃までに完了していたが、内陸部の描画は2012年以降、足踏み状態となっていた。2018年、滝本県や古瀬県の描画を進めるために南北一軸の原則に従い奥井県西部の描画が進められた。東部については、森藤県との境界部に砂漠があると言う設定が2009年の描画時にはなされていたが、明らかにこの設定は不適であるということになり、世楠洲特需による森藤県の大規模描画作戦に組み入れられて描き直しも行われた。世楠洲特需の最終期間となる2020年4月19日に県内全域の描画が完了した。
10 平岩県 2009-05-28 2022-04-19 2009年5月に森崎県から描画範囲を南に広げる形で描画が開始された。県北部の黒坂市から描画が開始され、県庁所在地の灘本市まで北から南へ向かって描画が進んだが、それ以降は2011年に申し訳程度の描画が行われただけで長期に亘り放置された。2020年になってから、いわゆる福林時代の描画進捗によって、初川市真雪町などの描画が南から北へ向かって進められた。その結果、北から南へ進んだ2009年の描画範囲と、南から北へ進んだ2020年の描画範囲がぶつかることとなったが、2009年の描画範囲の大半は描き直しが必要という判断になり、2020年の描画範囲をそのまま北進する形で描き直しが進んだ。ちょうど奥井県の描画完了の2年後となる2022年4月19日、平岩県も県内全域の描画が完了した。
11 直江県 2018-12-14 2020-02-07 県全体の大まかな形状は2010年の第1次原案にもその姿を確認できるが、描画の主軸となっていた地域から遠く離れていることもあって、長期にわたって着手されないままとなっていた。2018年末になり、奥井県から描画範囲を西に広げる形で描画が開始された。主な作業は2019年終盤に行われ、ナニコレ珍百景の取材を受けた翌日である2020年2月7日に完了した。
12 三桝県 2008-08-30 2021-11-02 2008年晩夏、想像地図で初めての「海峡を越えた向こう側にある県」として描画が始まった。沿岸部が先行して描かれたが、2011年になると足踏み状態となっていた。しかし10年が経過した2021年初めに、早期に岡地県出海市や小田島県南川市の描画に進出しようという動機が起こった。南北一軸の原則からすると出海や南川の描画のためには三桝県を先に描く必要があるということとなり、内陸部の描画が一気に進んだ。県の南半分の描画が完了すると描画の主軸が出海・南川方面に移ったためいったん足踏みとなったが、その後の兼元特需によって北半分の内陸部の描画も進み、一部の描き直しも行われた上で、2021年11月2日に県内全域の描画が完了した。
13 岡地県 2012-06-16 2021-11-22 2012年に岡地県に属する島嶼部の一部が描かれていたが、(三国側)の本土部は描画が進んでいなかった。しかし2021年前半に出海市の描画を早期に進めるという動機が起こったことで南部・中部の作業が進んだ。その後、2021年後半の兼元特需によって北部の描画も進み、2021年11月22日に県内全域の描画が完了した。
14 吉岡県 2010-01-11 2021-12-07 2010年始めに、三桝県から描画域を北へ広げる形で、沿岸部(西部)の笹本市付近の一部が描かれていた。翌年の2011年には吉岡県が「強化描画区域」に指定されたものの、描画は進まず長期に亘って足踏み状態となっていた。しかし、2021年後半の兼元特需によって描画が進み、2021年末には阿摩比半島の描画も進んでいき、2021年12月7日に県内全域の描画が完了した。
15 日根県 2021-12-06 2022-07-31 吉岡県の阿摩比半島から描画範囲を北東へ広げる形で描画が進められた。作業は主に2022年春に本格化し、最終工程期の2022年7月10日に起こった甘節事件による大幅なモチベーションの低下もあったが、それを無事に乗り越えて2022年7月31日に県内全域の描画が完了した。
16 小田島県 2021-07-06 2022-09-04 県全体の大まかな形状は2010年の第1次原案にもその姿を確認できるが、長期にわたって着手されないままとなっていた。しかし、2021年初めの南川時代に描画計画が進められてゆき、岡地県の出海半島から描画範囲を東へ広げる形で2021年夏に描画が始まった。幹線鉄道の小田島線沿線の描画が優先して進められ、7月31日には東隣の副島県へ描画範囲が拡大した。「本土部」と定義される小田島本島内全域の描画が2022年9月4日に完了し、これを持って「県内全域描画完了」という扱いを受けているが、実際には小田島本島以外の島嶼部の扱いについて、未解決事案が残る。
17 副島県 2021-07-31 未完了 小田島県に続く形で描画に着手した。鉄道や高速道路の通る主要部は描画が完了しているが、南部の島嶼部に未描画領域が多く残る。
18 和久津県 2021-12-05 未完了 副島県に続く形で描画に着手した。鉄道や高速道路の通る主要部は描画が完了しているが、南部の島嶼部に未描画領域が多く残る。
19 真木県 2010-03-05 2020-03-22 2010年早春、想像地図で初めての「内陸県」として、奥井県に続く形で描画に着手した。鉄道や高速道路の通る主要部が優先され、真木県を通過して生方府方面への描画が進められたため、主要街道筋以外は長期に亘って後回しになっていた。ことさら2011年には真木県が「強化描画区域」に指定されたものの、描画は進まず長期に亘って足踏み状態となっていた。しかし、2020年春の世楠洲特需による描画によって県内全域の描画が完了した。なお、2017年から23年にかけて一部地域の描き直しが行われている。
20 生方府 2010-08-25 2011-07-30 3段階の原案を作成するという想像地図描画の「定式」が初めて本格的に運用され、2010年夏から計画的に描画が進められた。府内全域の描画は2011年夏に完了した。詳細は生方の描画を参照。なお、2023年に一部地域の描き直しが行われた。
21 住谷県 2011-03-28 2015-04-08 生方府の南に接する地域であり、生方府の南部地域の描画に続けて描画が始まった。沿岸地域が優先されていたため、内陸部は長期に亘って未描画のまま残っていたが、2014年に本格着手し、2015年春に県内全域の描画が完了した。なお、2023年に鎧塚および森尾周辺地域の描き直しが行われた。未描画領域が無いため「県内全域描画完了」という扱いだが、芦沢市など描き直しを行うべき場所は2023年10月現在でもまだ残っている。
22 古瀬県 2011-08-06 2019-09-14 2011年夏に僅かな領域(折戸市の一部)のみ着手したが、それ以外の部分は長期に亘り未描画のまま残っていた。2018年に本格的に着手し、2019年秋に県内全域の描画が完了した。
23 滝本県 2013-12-18 2018-10-17 2013年末に県東部の梢重市から描画が開始された。梢重市の描画では、夢で見た風景(梢重の夢)を地図描画にそのまま活かすという方策が本格的に適用された。県庁所在地の滝本市は2015年に、県南部は2016年に、県北部は2018年に描画が進み、2018年秋に県内全域の描画が完了した。
24 椎山県 2011-04-06 2015-09-29 生方府の西に接する地域であり、生方府の南部地域の描画に続けて描画が始まった。内陸県として真木県に続いて2番目に描画に着手した県である。本格的な描画は2012から2013年にかけて行われた。特に2013年は、早期に滝本県梢重市を描くことが望まれていたが、連続描画の原則および南北一軸の原則の関係から、先に椎山県中部を描く必要があったため、急速に描画が進められた。その後、2015年秋に県内全域の描画が完了した。
25 宗広県 2013-09-09 2016-10-10 2013年晩夏に僅かな領域(真猪森トンネルの西側)のみ着手したが、それ以外の部分は長期に亘り未描画のまま残っていた。2016年に本格的に着手し、柳井沼特需による集中的な描画を経て、年内に県内全域の描画が完了した。
26 寺島県 2011-07-30 2018-12-13 2011年夏に僅かな領域(籏持市の一部)のみ着手したが、それ以外の部分は長期に亘り未描画のまま残っていた。2015年に本格的に着手し、柳井沼特需による集中的な描画を経て、2016年内に大部分の描画が完了した状態となっていたが、辰真神宮周辺のみ未描画のまま残っていた。この部分の描画は、モデルとなった伊勢神宮への参拝を果たしてから行うべきであると言う考えがあったためである。2018年12月8日に伊勢神宮への参拝を果たすと、その5日後に年内に県内全域の描画が完了した。なお、2023年に石崎・籏持周辺地域の描き直しが行われたため、結果的に2011年に描かれた部分はほとんど描き直されている。
27 福本県 2010-08-25 2018-10-11 2010年夏に僅かな領域のみ着手した。2012年に本格的に着手し、中部・南部は概ね2016年までに完了していたが、最後まで残っていた北東部に着手して県内全域の描画か完了するには2018年までかかった。「県内全域描画完了」という扱いだが、離島がある設定が論じられている。
28 弓木県 2012-09-12 2020-03-14 2012年9月、福本県に続く形で描画に着手した。南部が優先され、北部は長期に亘って後回しになっていたが、2020年春の世楠洲特需による描画によって県内全域の描画が完了した。なお、湯浅市など一部地域に描き直しの必要性が論じられている。
29 森藤県 2010-01-03 2020-05-02 2010年始めに、奥井県側から描画域を東に広げる形で、僅かな領域のみ着手したが、大部分は長期に亘り未描画のまま残っていた。2020年春に始まった世楠洲特需による集中的な描画によって、2020年5月に県内全域の描画が完了した。なお、奥井県との県境付近には砂漠があると言う設定が2010年の描画時にはなされていたが、明らかにこの設定は不適であるということになり、世楠洲特需の描画時に、2010年描画の図葉は全て描き直された。
30 徳沢県 2013-03-14 2021-05-17 2013年春に網浜海峡連絡経路の接続点付近の描画が行われたが、狭い範囲のみを描くにとどまった。2019年夏にも描画が進められたが、またしても狭い範囲のみの描画にとどまった。本格的な描画は2020年夏から開始され、2021年5月に県内全域の描画が完了した。
31 樋井県 2020-07-30 2021-03-28 2020年夏に始まった徳沢県の本格的な描画に続く形で描画が進められた。2020年末に描かれた史呉赤坂駅近辺は、2019年7月19日の夢で見た風景を地図描画にそのまま活かすという方策が適用された。2021年3月に県内全域の描画が完了した。
32 佐分利県 2021-01-01 2021-03-20 県名の造語は最後から2番目。2021年の元旦に着手し、いわゆる南川時代に描画が行われた。全域の描画にかかった期間は78日で、1県全域描画の最短記録を更新した。
33 下賀県 2021-02-11 2021-09-23 県名の造語は2014年になってからであり、遅い部類に入る。佐分利県に続く形で、2021年のいわゆる南川時代に描画が開始され、年内に県内全域の描画が完了した。
34 曽田県 2021-04-30 2021-12-08 県名の造語が最後まで残っていたが、想像地図の描画が「第五期」に突入する2020年11月14日に「曽田県」の名前が決まり、これで城栄73都道府県の名前が全て決まった。2021年春に徳沢県東部に続く形で描画に着手した。全域の描画に1年かからず、2021年内に県内全域の描画を完了した。
35 新山県 2011-11-30 2014-02-01 2011年晩秋に住谷県の描画に続く形で着手した。2012年に入って県庁所在地の新山市の描画が行われ、ここに到達した時点で描画の方向が西の栄都方面と南の熊崎方面の二正面作戦化した。県内全域の描画は、2014年2月に完了した。
36 熊崎県 2012-01-08 2013-10-11 県名の造語は2010年8月1日に行われた。描画作業は、新山県から描画領域を南へ広げる形で2012年始に開始された。2012年内に日下部市の主要部の描画が進められ、この描画は栄都府栄都市の描画との二正面作戦で行われた。県内全域の描画は、2013年10月に完了した。
37 国重県 2012-09-23 2016-03-19 熊崎県から描画領域を南へ広げる形で2012年晩夏に描画が開始された。主要幹線(中葉本線中葉新幹線国道1号南日高速道路)沿いは2012年内完了した。その後、睦藤本線沿いなどの描画も進められ、2016年春に県内全域の描画が完了した。
38 栄都府 2012-03-31 2015-05-13 県名の造語は2011年6月5日に南栄都とともに行われ、これが想像地図の人のTwitterにおける最初のツイートである[9]。描画作業は、新山県から描画領域を西へ広げる形で2012年春に開始された。2012年内に栄都市の主要部の描画が進められ、この描画は熊崎県日下部市の描画との二正面作戦で行われた。府内全域の描画は、2015年5月に完了した。
39 満島県 2013-03-26 2016-07-17 栄都府から描画領域を南へ広げる形で2013年春に描画が開始された。最初に着手されたのはいわゆる北湖水地方で、初めは山斐線沿線が優先的に進められた。その後、日満線沿線の描画も進んだ。描画範囲は西へ向かって広げられていき、2016年夏に県内全域の描画が完了した。
40 高見県 2012-12-01 2017-03-14 熊崎県から描画領域を西へ広げる形で2012年末に描画が開始された。最初に着手されたのは美生山で、その後は主に2016年後半から2017年前半にかけて描画作業が進んだ。2017年3月に県内全域の描画が完了した。
41 芹名県 2013-04-29 2016-08-31 2013年春に僅かな部分のみ描画が行われた。本格的な描画は2015年に始まり、2015年内は主に中部(県庁所在地の芽野市周辺)の描画が行われ、後に北部(端衛郡周辺)に描画域が広げられた。2016年春(柳井沼特需の時代)に南部(森見平松市周辺)の描画が行われ、2016年8月に県内全域の描画が完了した。
42 赤松県 2016-07-20 2017-05-09 芹名県から描画領域を南へ広げる形で2016年夏に描画が開始された。城栄の鉄道最高地点のあるたけべ市など特徴ある地域の描画が2016年末に行われた。2017年晩春に県内全域の描画が完了した。史上初となる、1年未満での県内全域描画完了であった。なお、城栄国分県道路地図帳で最初に製本がおこなわれたのがこの赤松県である。
43 保蘭県 2017-03-25 2018-07-27 赤松県から描画領域を南へ広げる形で2017年春に描画が開始された。間中と想像地図の人の交際が順調に進んでいる時期に本格的に描画が行われたこともあり、高いモチベーションで描画が進んだことが特筆される。2018年夏に県内全域の描画が完了した。「県内全域描画完了」という扱いだが、離島がある設定が論じられている。
44 温水県 2017-08-01 2019-04-23 着手は2017年夏であったが、本格的な描画着手は2018年になってからである。2019年春に県内全域の描画が完了した。
45 斎賀県 2019-04-04 2019-07-21 2019年春に着手し、秋生特需によって描画が本格化したことで3ヶ月あまりで県内全域の描画が完了した。なお、令和になって最初に描かれた地図は斎賀県内である。
46 塚由県 2019-07-12 未完了 2019年夏に斎賀県に続く形で着手した。本土部の描画は2020年春までに完了した。一方で、奄美群島にあたる島嶼部(北琥賽諸島)の描画が長期に亘り未着手のままとなっていたが、2023年12月3日に北琥賽諸島のうち余鳥中島の描画に着手した。
47 安沢県 2023-05-20 未完了 最後まで未着手のまま残っていた、城栄唯一の島嶼県である。最初は「安里県」という名称が提案されていたが、後に「安沢県」に決まった。描画作業は2023年春に着手した。安沢本島なる県庁所在地の紗和市とその近辺は大部分が2023年内に完了した。そのほか、八重山群島にあたる島嶼部(南琥賽諸島)の描画は、2024年初めに椎江島に着手し、完了した。安沢本島北部については、2024年2月に照喜名到達によって高速道路全線描画完了となり、その後2024年3月8日に安沢本島最北端の辺土名岬まで到達し、これをもって安沢本島の描画が完了した。一方で、南琥賽諸島については西部の島の描画が未着手となっている。
48 糸川県 2012-12-16 未完了 国重県から描画領域を南へ広げる形で描画が開始された。本土部は2017年春までに完了しているが、島嶼部に未描画領域が残る。
49 南栄都 2013-08-20 2019-11-12 造語は2011年6月5日に栄都府とともに行われ、これが想像地図の人のTwitterにおける最初のツイートである[9]。描画作業は、島嶼部については2012年に進出していたが、本体であるところの貫州部については2013年8月に申し訳程度の描画が始まった。本格化したのは2015年に入ってからである。詳細は南栄の描画を参照。
50 野波県 2014-05-05 2018-09-11 糸川県から描画領域を西へ広げる形で描画が開始された。本格的な描画は2016年から17年にかけて行われ、2018年秋に県内全域の描画が完了した。
51 千明県 2017-10-11 2019-02-27 2017年10月に4県境がある小此木山付近から描画に着手した。小沼市など県北部地域から順次描画が進められ、2019年2月に県内全域の描画が完了した。
52 竹川県 2015-12-27 2019-09-27 2015年末に穂谷県から描画領域を西へ広げる形で描画が開始された。南部の草間線沿線から順次描画が進められ、2019年9月に県内全域の描画が完了した。
53 園山県 2018-04-03 2019-06-03 野波県や千明県の描画と一体的に進められ、2019年6月初めに県内全域の描画が完了した。
54 出岡県 2019-02-17 2019-12-27 園山県や千明県の描画と一体的に進められ、2019年末に県内全域の描画が完了した。
55 舟山県 2019-09-16 2020-02-29 2019年秋に着手し、いわゆる福林時代に描画が進んで県内全域の描画を完了した。
56 穂谷県 2014-08-08 2018-05-26 2014年夏に早津県から描画領域を西へ広げる形で描画が開始された。主要部は南栄の描画の作業の一部として描画が進められ、2018年5月に県内全域の描画が完了した。
57 早津県 2013-09-16 2015-01-13 2013年夏に糸川県から描画領域を広げる形で、南栄湾諸島から描画が開始された。2015年1月に県内全域の描画が完了した。
58 山瀬県 2013-11-07 2015-03-05 2013年秋に早津県から描画領域を東へ広げる形で描画が開始された。描画作業は主に2014年に進められ、2015年3月に県内全域の描画が完了した。
59 向井県 2013-10-25 2015-07-03 2013年秋に早津県から描画領域を南西へ広げる形で描画が開始された。2016年夏に県内全域の描画が完了した。
60 口広県 2013-10-21 2015-09-07 2013年秋に早津県から描画領域を南東へ広げる形で描画が開始された。2015年秋に県内全域の描画が完了した。
61 古野県 2014-02-26 2015-07-05 2014年に口広県から描画領域を東へ広げる形で描画が開始された。描画作業は主に2014年に進められ、2015年夏に県内全域の描画が完了した。
62 柄本県 2014-01-05 2020-10-23 2014年に口広県から描画領域を南へ広げる形で描画が開始された。描画作業は主に2017年と2020年に進められ、2020年秋に県内全域の描画が完了した。
63 浦崎県 2015-01-28 2022-08-02 最初は「岡副県」という名称が提案されていたが、後に「浦崎県」に決まった。描画作業は主に2020年に進められて大部分は年内に描き終えていた。最後まで残っていた東部が2022年夏に完了し、県内全域の描画が完了した。
64 志知県 2016-11-27 2020-12-13 2016年に着手し、2018年にも作業が行われていたが足踏み状態となっていた。その後、2020年になってから一気に進められ、年内に県内全域の描画が完了した。
65 鎌形県 2018-05-06 2020-12-30 2018年にごく一部のみ着手していたが、本格的な描画は2020年になってから進められ、年内に県内全域の描画が完了した。
66 白月県 2020-10-01 2021-02-20 2020年秋に柄本県から描画領域を西へ広げる形で着手して、2021年2月中に県内全域の描画が完了した。
67 安武県 2014-07-13 2021-12-10 2014年夏に古野県から描画領域を東へ広げる形で着手。主要部の作業は2015年と2017年に行われたが、北部が長期に亘って未着手のまま残っていた。この部分は2021年末に着手し、年内に県内全域の描画が完了した。
68 城戸県 2015-02-24 2020-07-20 2015年始め安武県から描画領域を広げる形で着手。主に岸下本線沿線の描画が進められたが、南部は長期に亘り未着手であった。2020年5月、世楠洲特需の後に発生した北八州特需を経て、2020年7月中に県内全域の描画が完了した。
69 戸次県 2017-05-08 2020-08-10 2017年春に城戸県から描画領域を東に広げる形で着手。主に岸下本線沿線の描画が進められたが、南部は長期に亘り未着手であった。2020年の北八州特需を経て、2020年8月中に県内全域の描画が完了した。
70 岸下県 2017-12-05 未完了 2017年末に戸次県から描画領域を東に広げる形で着手。宇垣市など北西部のみが着手された状態となっていたが、2019年に県庁所在地の岸下市の描画が進められた。2020年の北八州特需を経て大部分の描画が完了したが、白鳥半島の描画は2022年まで時間を要した。一釣テーマパーク問題など、解決に時間を要した問題がったことも特筆される。2023年11月現在では本土部は描画が完了しているが、また島嶼部については未描画領域が多く残っている。
71 江頭県 2020-05-24 2020-08-31 2020年5月に城戸県から描画領域を南東に広げる形で着手。北八州特需を経て、3ヶ月程度で県内全域の描画が完了した。
72 森高県 2020-07-11 2020-10-17 2020年7月、北八州特需に続いて発生した南八州特需の中で描画が進み、阿蘇問題などの未解決問題に直面しながらも、3ヶ月程度で県内全域の描画が完了した。
73 長谷部県 2020-07-30 未完了 森高県から描画領域を南に広げる形で着手。県庁所在地の長谷部市は2020年8月末の集中的な描画で進められ、これの完了とともに南八州特需は終了した。それ以外の部分の描画も2020年に大部分が進み、2022年内に本土部は描画が完了しているが、島嶼部については未描画領域が残っている。

年表

第1期
  • 2003年6月29日 - 地図の描画を開始。関東西部という設定世界観で開始された。
第2期
  • 2004年 - 描画している領域が広がり、設定世界観が「日本のどこか」というややあいまいなものに変更される。
  • 2006年春頃 - 地図番号制の導入。
  • 2006年夏頃 - 20万分の1地図のトレース開始。
  • 2006年11月5日 - 統計情報など一部のデータをインターネット上で公開(康平PAGEの1コーナーとしての公開)。
第3期
  • 2007年2月10日 - 初めて茶柱県外の描画。片山県の描画に進出。
  • 2007年10月6日 - 森崎県の描画に進出。
  • 2008年6月2日 - 地図本体を初めてインターネット上で公開(康平PAGEでの公開)。
  • 2008年7月1日 - 20万分の1でのトレースを停止、10万分の1(広域精密図)に移行。
  • 2008年8月30日 - 三桝県の描画に進出。
  • 2008年9月21日 - 10万分の1地図の分割版を初めてインターネット上で公開(康平PAGEの1コーナーとしての公開)。
  • 2008年11月3日 - 江島県の描画に進出。
  • 2009年2月13日 - 岩本県の描画に進出。
  • 2009年5月28日 - 平岩県の描画に進出。
  • 2009年7月26日 - XPS版の地図を公開。
  • 2009年11月17日 - 奥井県の描画に進出。
  • 2010年1月3日 - 森藤県の描画に進出。
  • 2010年1月11日 - 吉岡県の描画に進出。
  • 2010年3月15日 - 真木県の描画に進出。
第4期 前期
  • 2010年4月7日 - 描画している領域がさらに広がり、「日本のどこか」という設定も内容にそぐわないものとなった。これにともない、架空国家であるという設定に変更され、国全域を描くことが長期目標として設定された。これに伴い描画目標枚数が2万枚から6~7万枚に引き上げられた。
  • 2010年8月25日 - 生方府福本県の描画に進出。
  • 2010年12月14日 - 国名が「城栄国」であるという設定が正式に決定。
  • 2011年3月5日 - 想像地図を公開しているサイトを、康平PAGEから「想像地図・茶柱」として独立。
  • 2011年3月28日 - 住谷県の描画に進出。
  • 2011年4月6日 - 椎山県の描画に進出
  • 2011年4月26日 - サイトのサーバーをfc2からatpegesへ移転。
  • 2011年6月5日 - 首都名が南栄・古都名が栄都と決定。
  • 2011年6月26日 - 泉星の諸元が設定される。
  • 2011年7月30日 - 生方府全域描画完了。初めての「1県全域描画」。同時に寺島県の描画に進出。
  • 2011年8月6日 - 古瀬県の描画に進出。
  • 2011年8月15日 - 地図の名称が想像地図・茶柱から想像地図・城栄に変更。想像地図研究所設立。
  • 2011年8月21日 - サイトの名称が想像地図・茶柱から想像地図研究所に変更。
  • 2011年10月5日 - 描画範囲が南域に広がる。
  • 2011年10月26日 - 完成率が10%を突破。
  • 2011年11月30日 - 新山県の描画に進出。
  • 2012年1月18日 - 熊崎県の描画に進出。
  • 2012年2月5日 - 城栄国の周辺国に関する最初の言及。森国
  • 2012年3月31日 - 栄都府の描画に進出。
  • 2012年5月29日 - 最初の架空言語であるヒッタン語の創作開始。
  • 2012年6月16日 - 岡地県の描画に進出。
  • 2012年9月12日 - 弓木県の描画に進出。
  • 2012年9月23日 - 国重県の描画に進出。
  • 2012年10月11日 - 第1回やしま作戦を決行。
  • 2012年12月1日 - 高見県の描画に進出。
  • 2012年12月2日 - 初となる描き直し事業の開始。
  • 2012年12月16日 - 糸川県の描画に進出。
  • 2012年12月23日 - 完成率が15%を突破。
  • 2013年3月13日 - 図葉総枚数が1万枚を突破。
  • 2013年3月14日 - 徳沢県の描画に進出。
  • 2013年3月26日 - 満島県の描画に進出。
  • 2013年4月29日 - 芹名県の描画に進出。
  • 2013年6月29日 - 描画開始から10周年を迎える。
  • 2013年7月1日 - 茶柱県の描き直しに伴う設定変更により、北部を信近県・南部を泉川県とすることを決定。
  • 2013年8月5日 - 想像地図の図法が修正型正弦曲線図法であることに言及。
  • 2013年8月20日 - 南栄都(貫州部)の描画に進出。
  • 2013年9月9日 - 宗広県の描画に進出。
  • 2013年9月16日 - 早津県の描画に進出。中国地方に相当する地域である係州地方の描画の始まり。
  • 2013年9月24日 - 南北方向の描画範囲が1000kmを突破し、原盤地図の縦の長さが100mを超える。
  • 2013年10月9日 - 完成率が20%を突破。
  • 2013年10月11日 - 熊崎県全域描画完了。生方府に続き2例目となる「1県全域描画」。
  • 2013年10月21日 - 口広県の描画に進出。
  • 2013年10月25日 - 向井県の描画に進出。
  • 2013年11月5日 - 新技術の投入。
  • 2013年11月7日 - 山瀬県の描画に進出。
  • 2013年11月11日 - 作者、第1次多忙期に突入。
  • 2013年11月14日 - 作者、梢重の夢を見る[11]
第4期 中期
  • 2013年12月18日 - 滝本県の描画に進出。
  • 2014年1月5日 - 柄本県の描画に進出。
  • 2014年2月1日 - 新山県全域描画完了。3例目となる「1県全域描画」。
  • 2014年2月16日 - 古野県の描画に進出。
  • 2014年3月31日 - 想像地図第五期構想の試案が作られる。
  • 2014年4月1日 - 第2回やしま作戦 第1部を決行。
  • 2014年4月4日 - 第2回やしま作戦 第2部を決行。
  • 2014年4月6日 - 想像地図スクロールマップが公開される。
  • 2014年4月7日 - 第2回やしま作戦 第3部を決行。
  • 2014年5月5日 - 野波県の描画に進出。
  • 2014年6月18日 - 完成率が25%を突破。
  • 2014年7月13日 - 安武県の描画に進出。
  • 2014年8月8日 - 穂谷県の描画に進出。
  • 2014年8月15日 - 第3回やしま作戦を決行。
  • 2014年8月17日 - 2番目の架空言語となる千織語が創作開始[注釈 31]
  • 2015年1月2日 - 想像地図倍速描画計画を採択。
  • 2015年1月13日 - 早津県全域描画完了。4例目となる「1県全域描画」。
  • 2015年1月28日 - 完成率が30%を突破。岡副県の描画に進出[注釈 32]
  • 2015年2月24日 - 城戸県の描画に進出。
  • 2015年3月5日 - 山瀬県全域描画完了。5例目となる「1県全域描画」。
  • 2015年4月8日 - 住谷県全域描画完了。6例目となる「1県全域描画」。
  • 2015年5月5日 - 架空地図学会関西2015南半分の縮刷版を広げる展示を実施。
  • 2015年5月11日 - 図葉総枚数が2万枚を突破。
  • 2015年5月13日 - 栄都府全域描画完了。7例目となる「1県全域描画」。
  • 2015年5月31日 - 完成率が33.33%(3分の1)を突破。
  • 2015年6月11日 - 修正型正弦曲線図法の数学的取り扱いが確立。地図に経線が引かれるようになる。
  • 2015年6月29日 - 描画開始から12周年を迎える。
  • 2015年7月5日 - 古野県全域描画完了。8例目となる「1県全域描画」。
  • 2015年8月7日 - 完成率が35%を突破。
  • 2015年8月23日 - 想像地図研究所、想凪戦争により鮎川氏と紛争状態となる。紛争再発防止のために行われた「高樹の決断」により千織語の製作凍結決定。
  • 2015年8月27日 - 15時の紛争終結宣言により想凪戦争終結を宣言。
  • 2015年9月7日 - 口広県全域描画完了。9例目となる「1県全域描画」。
  • 2015年9月29日 - 椎山県全域描画完了。10例目となる「1県全域描画」。
  • 2015年9月30日 - 描画開始日と完成予定日の中間地点である時間的折返し地点を通過。
  • 2015年11月3日 - 南栄描画第1期作業が完了。南栄側で南北に分断されていた地図が連結(南北連結式)。
  • 2015年11月5日 - 作者、第2次多忙期に突入。
  • 2015年12月27日 - 竹川県の描画に進出。
  • 2016年3月19日 - 国重県全域描画完了。11例目となる「1県全域描画」。
  • 2016年3月29日 - 第4回やしま作戦を決行。
  • 2016年3月30日 - 完成率が40%を突破。
  • 2016年4月19日 - 図葉総枚数が25000枚を突破。
  • 2016年4月20日 - 図葉総重量が100kgを突破。
  • 2016年6月3日 - 南栄描画第2期作業が完了。
  • 2016年6月29日 - 描画開始から13周年を迎える。
  • 2016年7月3日 - 向井県全域描画完了。12例目となる「1県全域描画」。
  • 2016年7月17日 - 満島県全域描画完了。13例目となる「1県全域描画」。
  • 2016年7月20日 - 赤松県の描画に進出。
  • 2016年8月15日 - 想像地図研究所設立5周年。
  • 2016年8月31日 - 芹名県全域描画完了。14例目となる「1県全域描画」。
  • 2016年10月1日 - 完成率が45%を突破。
  • 2016年10月10日 - 宗広県全域描画完了。15例目となる「1県全域描画」。
  • 2016年10月16日 - 南栄描画第3期作業が完了。
  • 2016年11月27日 - 志知県の描画に進出。
  • 2016年12月28日 - 更紗翻訳解釈の採用(たけべ宣言)。第五期構想の事実上の未成線化。
第4期 後期
  • 2017年1月16日 - 七川事件発生により、垰瀬内シリーズ(駅名替え歌)の活動停止。
  • 2017年3月8日 - 想像地図スクロールマップに拡大縮小機能が搭載される。
  • 2017年3月14日 - 高見県全域描画完了。16例目となる「1県全域描画」。
  • 2017年3月25日 - 保蘭県の描画に進出。
  • 2017年4月9日 - 図葉総枚数が3万枚を突破。
  • 2017年5月8日 - 戸次県の描画に進出。
  • 2017年5月9日 - 赤松県全域描画完了。17例目となる「1県全域描画」。1県全域描画の最短記録を達成(293日)。
  • 2017年5月20日 - 完成率が50%に到達し、作業量的折返し地点を通過。
  • 2017年6月29日 - 描画開始から14周年を迎える。
  • 2017年8月1日 - 温水県の描画に進出。
  • 2017年10月1日 - 図葉総面積が2000 m2を越える。
  • 2017年10月7日 - 南栄描画第4期作業が完了。
  • 2017年10月11日 - 千明県の描画に進出。
  • 2017年12月5日 - 岸下県の描画に進出。
  • 2018年2月8日 - サーバーの移転に伴い、サイトのアドレスを変更。
  • 2018年2月22日 - 完成率が55%を突破。
  • 2018年4月3日 - 園山県の描画に進出。
  • 2018年5月6日 - 鎌形県の描画に進出。
  • 2018年5月26日 - 南栄都都心部の描画完成。同時に穂谷県全域描画完了。18例目となる「1県全域描画」。
  • 2018年6月28日 - 図葉総枚数が35000枚を突破。
  • 2018年7月27日 - 保蘭県全域描画完了。19例目となる「1県全域描画」。
  • 2018年8月12日 - ねとらぼの記事で紹介される[24]
  • 2018年9月11日 - 野波県全域描画完了。20例目となる「1県全域描画」。
  • 2018年10月11日 - 福本県全域描画完了。21例目となる「1県全域描画」。
  • 2018年10月17日 - 滝本県全域描画完了。22例目となる「1県全域描画」。
  • 2018年10月25日 - 完成率が60%を突破。
  • 2018年12月13日 - 寺島県全域描画完了。23例目となる「1県全域描画」。
  • 2018年12月14日 - 直江県の描画に進出。
  • 2019年2月17日 - 出岡県の描画に進出。
  • 2019年2月27日 - 千明県全域描画完了。24例目となる「1県全域描画」。
  • 2019年4月4日 - 斎賀県の描画に進出。
  • 2019年4月23日 - 温水県全域描画完了。25例目となる「1県全域描画」。
  • 2019年6月3日 - 園山県全域描画完了。26例目となる「1県全域描画」。
  • 2019年6月11日 - 完成率が65%を突破。
  • 2019年6月24日 - 図葉総枚数が4万枚を突破。
  • 2019年6月28日 - 図葉総面積が2500 m2を越える。
  • 2019年6月29日 - 描画開始から16周年を迎える。第1回架空言語・架空地図学会南半分の縮刷版を広げる展示を実施。
  • 2019年7月12日 - 塚由県の描画に進出。
  • 2019年7月21日 - 斎賀県全域描画完了。27例目となる「1県全域描画」。1県全域描画の最短記録を更新(108日)。描画範囲が西域に広がる。
  • 2019年7月27日 - 完成率が66.66%(3分の2)を突破。
  • 2019年9月14日 - 古瀬県全域描画完了。28例目となる「1県全域描画」。
  • 2019年9月16日 - 舟山県の描画に進出。
  • 2019年9月27日 - 竹川県全域描画完了。29例目となる「1県全域描画」。
  • 2019年10月12日 - 完成率が70%を突破。
  • 2019年10月25日 - FM大阪のラジオ番組「はぐたす」で紹介される[25]
  • 2019年10月28日 - 完成時の目標枚数が61000枚から65536枚に引き上げられる。
  • 2019年11月12日 - 南栄都全域描画完了。30例目となる「1県全域描画」。
  • 2019年12月27日 - 出岡県全域描画完了。31例目となる「1県全域描画」。
  • 2019年12月29日 - 図葉総枚数が45000枚を突破。
  • 2020年2月7日 - 直江県全域描画完了。32例目となる「1県全域描画」。
  • 2020年2月22日 - 完成率が75%を突破。
  • 2020年2月23日 - テレビ朝日の「ナニコレ珍百景」で放送され、珍百景に登録された[5]
  • 2020年2月29日 - 舟山県全域描画完了。33例目となる「1県全域描画」。
  • 2020年3月14日 - 弓木県全域描画完了。34例目となる「1県全域描画」。
  • 2020年3月22日 - 真木県全域描画完了。35例目となる「1県全域描画」。
  • 2020年4月19日 - 奥井県全域描画完了。36例目となる「1県全域描画」。
  • 2020年5月2日 - 森藤県全域描画完了。37例目となる「1県全域描画」。
  • 2020年5月9日 - 関西テレビの「ウラマヨ!」で紹介される[19]
  • 2020年5月24日 - 江頭県の描画に進出。
  • 2020年5月28日 - 図葉総枚数が5万枚を突破。
  • 2020年7月11日 - 森高県の描画に進出。
  • 2020年7月20日 - 城戸県全域描画完了。38例目となる「1県全域描画」。
  • 2020年7月30日 - 長谷部県の描画に進出。
  • 2020年7月31日 - 樋井県の描画に進出。
  • 2020年8月10日 - 戸次県全域描画完了。39例目となる「1県全域描画」。
  • 2020年8月15日 - 信近県の描画に進出。
  • 2020年8月23日 - 完成率が80%を突破。
  • 2020年8月31日 - 江頭県全域描画完了。40例目となる「1県全域描画」。1県全域描画の最短記録を更新(99日)。
  • 2020年10月1日 - 白月県の描画に進出。
  • 2020年10月15日 - 想界暦の換算式の暫定使用開始。
  • 2020年10月17日 - 森高県全域描画完了。41例目となる「1県全域描画」。1県全域描画の最短記録を更新(98日)。
  • 2020年10月23日 - 柄本県全域描画完了。42例目となる「1県全域描画」。
  • 2020年11月14日 - 城栄国の73都道府県の名称が全て確定。
第5期
  • 2020年12月13日 - 志知県全域描画完了。43例目となる「1県全域描画」。
  • 2020年12月30日 - 鎌形県全域描画完了。44例目となる「1県全域描画」。
  • 2021年1月1日 - 佐分利県の描画に進出。
  • 2021年2月11日 - 下賀県の描画に進出。
  • 2021年2月20日 - 白月県全域描画完了。45例目となる「1県全域描画」。
  • 2021年3月20日 - 佐分利県全域描画完了。46例目となる「1県全域描画」。1県全域描画の最短記録を更新(78日)。
  • 2021年3月28日 - 樋井県全域描画完了。47例目となる「1県全域描画」。
  • 2021年4月30日 - 曽田県の描画に進出。
  • 2021年5月11日 - 完成率が85%を突破。
  • 2021年5月17日 - 徳沢県全域描画完了。48例目となる「1県全域描画」。
  • 2021年7月2日 - 図葉総枚数が6万枚を突破。
  • 2021年7月6日 - 小田島県の描画に進出。
  • 2021年7月31日 - 副島県の描画に進出。
  • 2021年9月23日 - 下賀県全域描画完了。49例目となる「1県全域描画」。
  • 2021年11月2日 - 三桝県全域描画完了。50例目となる「1県全域描画」。
  • 2021年11月22日 - 岡地県全域描画完了。51例目となる「1県全域描画」。
  • 2021年12月5日 - 和久津県の描画に進出。
  • 2021年12月6日 - 日根県の描画に進出。
  • 2021年12月7日 - 吉岡県全域描画完了。52例目となる「1県全域描画」。
  • 2021年12月8日 - 曽田県全域描画完了。53例目となる「1県全域描画」。
  • 2021年12月10日 - 安武県全域描画完了。54例目となる「1県全域描画」。
  • 2021年12月17日 - 完成率が90%を突破。
  • 2022年1月6日 - 沢岡県の描画に進出。
  • 2022年1月9日 - 図葉総枚数が65000枚を突破。
  • 2022年1月11日 - 北陽道の描画に進出。
  • 2022年4月3日 - 東西方向の描画範囲も1000kmを突破し、原盤地図の横の幅も100mを超える[注釈 33]
  • 2022年4月19日 - 平岩県全域描画完了。55例目となる「1県全域描画」。
  • 2022年5月18日 - 江島県全域描画完了。56例目となる「1県全域描画」。
  • 2022年6月27日 - 図葉総枚数が7万枚を突破。
  • 2022年7月20日 - 完成率が95%を突破。
  • 2022年7月31日 - 日根県全域描画完了。57例目となる「1県全域描画」。
  • 2022年8月2日 - 浦崎県全域描画完了。58例目となる「1県全域描画」。
  • 2022年9月4日 - 小田島県全域描画完了。59例目となる「1県全域描画」。
  • 2022年9月6日 - 森崎県全域描画完了。60例目となる「1県全域描画」。
  • 2022年9月10日 - 沢岡県全域描画完了。61例目となる「1県全域描画」。
  • 2022年12月16日 - 植平事件(第3次間想戦争)。
  • 2022年12月29日 - 片山県全域描画完了。62例目となる「1県全域描画」。
  • 2022年12月30日 - 図葉総枚数が75000枚を突破。
  • 2022年12月31日 - 泉川県全域描画完了。63例目となる「1県全域描画」。
  • 2023年4月22日 - 南北方向の描画範囲が2000kmを突破し、原盤地図の縦の長さが200mを超える。
  • 2023年5月9日 - 信近県全域描画完了。64例目となる「1県全域描画」。
  • 2023年5月10日 - 岩本県全域描画完了。65例目となる「1県全域描画」。
  • 2023年5月20日 - 安沢県の描画に進出[26]。これにより、描画進捗率がゼロの都道府県がなくなり、城栄国の全都道府県が「描画済」もしくは「描画途上」となる。
  • 2023年7月29日 - 毎日放送の「痛快!明石家電視台」で紹介される[21]
  • 2023年12月3日 - 塚由県の余鳥中島の描画に進出、図葉総枚数が80000枚を突破。
  • 2024年1月6日 - 鉄道の通る地域が全て描画済になった(坂筺到達)。
  • 2024年2月5日 - 高速自動車国道の通る地域も全て描画済になった(照喜名到達)。

最終的には2028年1月1日までに、追加設定事項を含めた城栄国全域の地図を完成させることが目標とされているが、前述の理由から地図の描画作業自体の完成は2025年10月が目標である。

描き直し

想像地図は2003年から描画されているため、初期(第1期・第2期)に描かれた部位は現実感が足りないとされている。2012年、それを是正するための描き直し計画が発表され[27]、2012年12月2日より実際に描き直す作業が開始されている。描き直しの範囲は最初の構想時から比べると大幅に拡大しており、2023年時点で既に4000枚以上の地図が描き直された。

2028年問題

現在に至るまで想像地図の創作活動は9割以上が作者1人の手によって行われてきた。その間に想像地図の創作は高度に体系化が進み、娯楽の哲学化などといった現象も発生し、後世への作品の継承をどうするかという問題である「想像地図2028年問題」が意識されるようになってきている。

その他

想像地図はあくまでも城栄国のみを描画の主題としている。「泉星の全体」に関しては、「世界地図」が作られる計画はある一方で、城栄国内と同程度の細かさの都市地図を城栄国以外の外国に対しても行う計画は存在しない。これは、以下の理由による。

  1. 既に述べたように地図の描画が手描き地図のトレースという方法で行われており、手描き地図の存在が前提となっているが、その手描き地図の保管場所の体積は、城栄国内全域の地図を描けば満杯になる。
  2. 手描き地図を描く為に使用している「やしま1」は2021年で生産終了となっているが、城栄全域の地図を描くのに必要な枚数しか確保されていない。
  3. 城栄国内の詳細図を描くだけで20年以上の時間を費やしており、「外国」の詳細図までにも広げた場合、その製作期間は万年単位という数字になり、とても人間の一生で完成させることのできる数量ではない。
  4. 地図以外にも架空言語が創作の対象となっており、城栄国の地図完成後に主たる活動を地図描画から言語製作に移す方針であり、それと「外国の詳細図」の制作との両立が困難である。

なお、描画対象となる「城栄国の詳細地図の作成範囲」は「城栄国の実効支配が確実に及んでいる範囲」である[注釈 34]

注釈

  1. 2015年1月2日に採択された想像地図倍速描画計画では、2028年1月1日を完成予定日としている。
  2. 上下線が離れて走っている区間についてはこの限りではない。
  3. ただし、美生山など一部の成層火山は例外となっている。
  4. しかし、日本語には中国語や英語やアイヌ語など様々な外国語から流入した外来語・借用語も存在する。更紗語も同様にして様々な外国語から流入した外来語・借用語も存在する。そうしたリアリティも追求するため、千織語など外国語も架空言語として創作が進められている。これらの架空言語の創作は複数人体制で行われている。
  5. それは、例えて表現するならば、小説の登場人物における「人間態」である。日本語版の地図が「(仮の姿としての)人間態」に相当し、更紗語版の地図が「(異形の)本来の姿」に相当する。
  6. 一方でこの解釈の過剰適用により、あまりにも現実に馬鹿正直すぎる世界になってしまうという問題もある。
  7. 2020年2月23日時点で、想像地図の総枚数は46544枚であった。体育館全体を使って広げることができたのは、その内の約1割に当たる4874枚である。
  8. このときに広げられたのは首都圏広域の範囲を中心とする地域の地図である。
  9. 地図番号制は2006年に導入された。
  10. 「マイナス」と「ハイフン」を誤認する恐れがあるためとされる。
  11. 「麻生政権による高速道路無料化」の描写が登場しており、舞台が日本であることを示してしまっている。この描写は、現在の想像地図の世界観設定の「想像地図世界は異星(泉星)の異国(城栄国)である」というものに反する。
  12. 描画を開始した2003年から2011年頃までは、「MACHO筋トレ」というハンドルネームを名乗っていた。
  13. 描画範囲が狭いため、設定世界観が完全架空かどうかは設定されていなかったが、当時の作者に「架空の星」という発想はなかったであろう。
  14. 2006年に60年後の完成という計算値は、計算結果のみが記録に残っており、どのような前提で導き出された値であるかについての記録が曖昧である。
  15. もし茶柱県が日本の48番目の県だとすれば、北海道を除く都府県の中で最大の面積を持つこととなってしまうため。
  16. 実際は高速無料化などこの時代の日本で起きた事象に設定が追随している。
  17. もし地球上に想像地図世界があったとしても世界一の吊橋の座を三桝海峡大橋が奪ってしまわないように巧妙に設定が練られている。また、旧国鉄が民営化されて誕生した鉄道会社の名称も「JR」のままである。このように、どこかやはり日本の一部であるというイメージが払拭できていない。
  18. 2010年4月7日の資料には「6~7万枚」という記載があるが、61000枚という目標値になり、その後2019年に65536枚に再度引き上げられた。
  19. 創作過程における城栄の名はの由来は2つある。1つ目の由来は作者が長崎に住んでいた時代の近所の地名、2つ目の由来は作者の本名を音読みした場合「じょうえい」となることである。ただしこれは創作過程での由来であり、想界内における設定としての「由来」とは異なる。
  20. 城栄という名前になったことには複合的な理由があるため、頭文字がJでありさえすれば何でも良かったわけではない。
  21. より正確には、梢重の夢を見た2013年11月14日以降を第4期中期としている。
  22. 「城栄国で話される言語『城栄語』は、文字・単語・文法・発音のいずれも、日本語に非常に酷似している。その酷似度は驚異的であり、日本語の文章は大概の場合は城栄語の文章として通じるし、逆もまた然り。」と設定されていた。
  23. 宣言通り戦闘はこれ以降終結しているが、戦闘停止宣言は一方的であり、両者の間で正式な講和には至ったものではない。もとより鮎川氏は交戦事実を認めていない。
  24. 解釈の名称が「更紗翻訳解釈」、解釈を正式採用する宣言の名称が「たけべ宣言」である。
  25. より正確には、たけべ宣言が発令された2016年12月28日以降を第4期後期としている。
  26. 描画速度の減速は7年ぶり3回目である。
  27. 61000枚の70%に相当する42700枚のとき70%、65536枚のとき100%となるような補正である。
  28. 「想界版琉球語」は、「琉球」にあたる地名が未設定であった頃の仮称。
  29. 1桁国道とごく一部の2桁国道、それに加えて3桁国道2路線(国道178号国道193号
  30. 想像地図の最終完成期に国道番号を確定させることは2011年春以来の構想であり、国道番号の決定に年単位の時間を要することはその頃から充分に想定されていた。
  31. 当初は「異世界の漢字の創作の試み」として創作開始。2014年10月20日より正式名称が千織語となった。
  32. その後の設定変更により「浦崎県」に改められた。
  33. この時点で南北方向の描画範囲は1883km、原盤地図の縦の長さは188m
  34. 城栄国が領有を主張しているが実効支配の及ばない部分の詳細図は作成されない。しかし、図郭の問題で詳細図内に「城栄国が領有を主張しているが実効支配の及ばない部分」が含まれてしまう可能性が指摘されており、この問題は想界版北方領土問題に含まれている。

脚注

関連項目

外部リンク