Tanukipedia・トーク:完全架空原則

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内容

たぬき Wikiから移入されたままですが、空想科学Wikiに分離された部分(作品それ自体を解説した記事、作品の創作時のエピソードを解説した記事など)は認められている内容から取り除くべきではないでしょうか。--プログラマリオ (トーク) 2018年8月5日 (日) 16:18 (JST)

この文章で言う「作品」とは、架空地図や架空言語のことです。すなわち、
  • 架空地図作者が作った架空地図そのものを「作品」として解説した記事
  • 架空地図作者が架空地図を作ったときのエピソード
  • 架空地図を研究した成果
などは例外的に認められるということが言いたかったのですが、誤解を招く表現となっていましたので修正しました。--TANUKI (トーク) 2018年8月5日 (日) 17:27 (JST)

質問

初めまして。ニア・バイオと申します。完全架空原則を拝読していて、どんなケースがありなのか(あるいはアウトなのか)、疑問に思ったことがあるので、質問します。

  1. 想像地図・城栄には、当たり前のように「鉄道」という現実世界の文明の産物が持ち込まれているが、これは完全架空原則には抵触しないのでしょうか?
  2. 仮にミクロ(量子レベル)やマクロ(天体レベル・宇宙レベル)の挙動まで、完全にニュートン力学によって支配されている世界があったとしましょう。この世界は、現実の世界とは異なる物理法則で動いているため「完全に架空」でなければなりません(法則レベルで架空性が保証されている)が、一方で着想の出発点において「ニュートン力学」という現実世界の発見を持ち込んでしまっています。このような世界は、完全架空原則に抵触するものでしょうか?
  3. これはTanukipedia:Tanukipediaは何ではないかのこととなりますが、本当に「空想世界に関する記事であっても、主張の一貫性がなければならない」のでしょうか?例えば(「神」の)シミュレータ上で動く世界が、エラーを起こしたとして、その修復のために行われる書き換えすらも設定に含んでしまえば、空想世界本体は(書き換え前後で)矛盾を含み得ることもあるのではないでしょうか?

今後、自ら世界構築することがあった場合に参考にしたいので、ご意見をお聞かせ願います。--ニア・バイオ (トーク) 2019年5月7日 (火) 03:22 (JST)


ご質問ありがとうございます。
1と2に関してですが、完全架空原則は「その架空物が現実世界に実在していると仮定した場合、我々人類に見える世界が変化するかどうか」を問題にしています。つまり、現実の地図に架空の鉄道路線を作ったり、地球上に架空の国を作ったりするケースが「抵触する場合」にあたります。「想像地図・城栄」の世界は、地球から観測できる範囲外の宇宙にあるという設定ですので、もし想像地図世界の実在を仮定しても、我々人類に見える世界が変化することはありませんから、抵触しないことになります。このルールの意義に関しては「Tanukipedia:なぜ完全架空にこだわるのか」をご覧ください。
3に関してですが、「主張の一貫性がなければならない」とは、例えば「ある記事ではAが正しいと主張しているのに、別の記事ではAが正しくないと主張する」など、投稿する記事内容が互いに矛盾してはいけないというルールです。これは、Tanukipediaは架空世界のウィキペディアであって、架空世界のアンサイクロペディアではない、すなわち「架空世界といえどもアンサイクロペディアのような嘘八百の記事を書いてはいけない」という意味です。設定の書き換え自体が設定に含まれる場合、そのことをきちんと記しておけば、問題ありません。
このルールの意義は、いわゆる「のび太国系記事」を排除することにもあります。従いまして、地球外の架空惑星や別次元の世界等を舞台とした架空世界の場合、設定がしっかりと作られている限り、これらのルールに抵触することは起きにくいと考えます。--TANUKI (トーク) 2019年5月7日 (火) 12:22 (JST)


ご回答ありがとうございます。趣旨は理解しました。
ですが、とすると、住岡解釈には疑問が残ります。
  1. 記述中にある観測可能な宇宙は、あくまでもワームホールを仮定しないことで成立しているものです。逆に言えば、もしもこの世界に移動可能なワームホールが実在していれば(その可能性自体は今のところ決定的には反証されていない)、その「外側」の情報も時として流れ込む(つまり現実に影響を及ぼす=完全架空ではなくなる)可能性を排除できなくなります。
  2. そもそも物理定数自体が異なる「別の」宇宙に存在することにした場合は、あるいはこの線は排除可能かもしれません(詳しく調べる必要あり)。が、仮に排除できるとしても、人間原理に基づくと、恐らく(人間と酷似した生命が住んでいるらしい)城栄宇宙と私達の宇宙の物理定数には、少なくとも私達の観測能力で識別できるほどの差異はないと考えるのが合理的であり、多元宇宙がどれほどの数存在するか次第とはいえ、やや無理がある偶然に頼らざるを得なくなります。
    • ただ、これにも実は抜け道がないでもありません。城栄世界では、今のところ生命の描写が欠落している(ように思われる)ので、「旅人として」その知識描写を行い(古今東西の多くの現実の紀行文学に倣うと、旅人なら当然城栄人の外見的描写もしてくるはず)、ここで、明示的にこちらの人類とは(多かれ少なかれ)異なる生命にしてしまう方法です。そうすれば、「宇宙定数の(ごくわずかに)異なる宇宙で誕生した人類とは異なる生命」は可能になり得ます。ただその場合も、炭素型なのか別のメカニズムで動くのか(城栄生物学)、生命史(更には宇宙史)など、詰めるべき要素は新たに生じると思われます。
と、何となく思索を述べてしまいましたが、まとめると、観測可能な宇宙は(超光速移動を可能にし得る)ワームホールの可能性がある以上絶対的なバリアになるとは限らず、かといって物理定数からして異なる「別の」宇宙に持っていこうとすると今見える限りでは人間原理の壁に当たりそう、というのが私の疑問ですが、その辺はどのようにお考えなのでしょうか?--ニア・バイオ (トーク) 2019年5月9日 (木) 20:45 (JST)
(追記)部分的な答えが、想像地図世界に記されていることを確認しました。しかし、こうなると、「我々の住む地球から泉星を観測できないという当たり前の事実にさえ矛盾しない設定を作ることができるから」ということで行ったこの設定は、現想対称性によって架空世界原則を脅かすものになることはもはや確実ではないでしょうか?というのは、城栄側にも「日本」を作るためにこの世界を「観測」する旅人がいるはずであり、物理学的には観測者効果によって、観測することそれ自体(のみ)でも、その世界に影響を与えてしまうことになるからです。--ニア・バイオ (トーク) 2019年5月9日 (木) 21:04 (JST)


完全架空原則の存在意義は、相反する設定を持つもの同士がウィキの中でバッティングすることを防ぐためです。なぜそういうルールを課しているかというと、「Tanukipedia:なぜ完全架空にこだわるのか」に書いたとおりなのですが、例えば、以下の状況を考えてみます。
  • Aという人物が、日本の実在の都市である東京を舞台とする「X鉄道」という架空鉄道を作った。
  • 別のBという人物が、同じく日本の実在の都市である東京を舞台とする「Y鉄道」という架空鉄道を作った。
この場合ですと、
  • Aの世界における「東京」には、「X鉄道」が存在するが、「Y鉄道」は存在しないという設定
  • Bの世界における「東京」には、「Y鉄道」が存在するが、「X鉄道」は存在しないという設定
になっていることの方が多いでしょうから、この状況下で「東京」という記事を作るとき、A設定を優先するなら、「X鉄道」が存在するが、「Y鉄道」は存在しないという設定を前提にして記事を書くことになりますが、B設定を優先するなら逆になります。このように、現実改変型の架空鉄道の記事を作ろうとすると、相反する設定を持つもの同士がウィキの中でバッティングします。バッティングすると、「空想世界に関する記事であっても、主張の一貫性がなければならない」ルールに反する(すなわち、「ある記事ではAが正しいと主張しているのに、別の記事ではAが正しくないと主張する」)状況が起こりえます。また、カテゴリの整理に難が生じます(A世界の「東京」とB世界の「東京」が同じウィキに併存すると、カテゴリの階層構造を作るときに混乱が生じます)。
地球上に架空国や島を作った場合や、火星など地球から観測可能な星に作った場合も、複数の人物が同場所に架空国や島を作ることがありえます。これらの場合も、バッティングが起こりえます。
逆に、地球から観測できる範囲外の「完全架空」であれば少なくとも「バッティング」することはありません。なお厳密に考えると、地球から観測できる範囲外でも同じ場所に複数の作者が星を作ってしまう可能性はありえます。ありえますが、互いの設定に相手の星が観測できるという設定がないなら、それはその両者の世界観同士もまた「互いに観測できる範囲外」と解釈するのが自然であり、同じ場所に複数の作者が星を作っていると解釈することは不自然です。
なお、第三者が勝手に城栄の設定を借用した二次創作を作った場合はバッティングしますが、それは著作権という観点から排除の対象になると考えられます。
完全架空原則はあくまでも「複数の作者間での設定のバッティングを防ぐこと」が本来の意義です。宇宙論に関して考えることはそれ自体も創作活動の一部として成り立つほど興味深いことではありますが、少なくとも、Tanukipediaに記事を書くという場面では、そこまで厳密に考える必要はないと思います。
(余談)現在の設定では、想像地図世界は、テグマークの分類でいう「レベル1の」多元宇宙にあるという設定です。無限個の星が存在するという仮定を置けば、地形のパターンが無限種類あるので、その中に想像地図に描かれた地形と完全一致する地形を持った星があるという結論が得られるということを前提としています。したがって、物理定数は「この」宇宙と同一ということになります。
ですが、想像地図世界は宇宙の地平線の向こう側にあることになるので、ワームホールを仮定しないと、「旅人」は観測することができなくなってしまいます。
しかし、ワームホールを仮定すると、「地平線の向こう側」の情報も時として流れ込む(現実に影響を及ぼす)可能性を排除できなくなります。確かにその通りなのです。1つの解釈方法は、その「情報」こそが地図としての想像地図であると定義することです。これは、今後の課題ではあると思っています。
しかしながら、「ラッセルのパラドックス」や、2015年に議論された「人工言語のアプリオリ性は、どこまで考えるべきか」と同様で、厳密に考えていけばいくほど、沼にはまってしまう問題で、どこかで思考を止めて回避すべき問題でもあるかもしれない、と思ったりもしています。--TANUKI (トーク) 2019年5月10日 (金) 12:25 (JST)


分かりやすいご説明、ありがとうございます。大筋においては納得しました。ただ、バッティングについては、著作権に基づけば、一定条件下でのTanukipediaの記事をベースにした二次創作は原理的に可能であり(CCのルールに基づき、記事設定を補う二次創作を作者優先主義の及ばない「外で」創作することは可能、かつ、いざ作ってしまえば公開の原則を満たすので、その内容をTanukipediaに持ち込める)、必ずしも常に「著作権という観点から排除の対象になる」とは限らないのではないのでしょうか?改変を禁止するND系ライセンスに設定するか、全保護に切り替えれば別ですが(MirahezeではManageWikiからそれができたはず)。--ニア・バイオ (トーク) 2019年5月13日 (月) 16:00 (JST)


(インデント戻します)確かにおっしゃるとおりでした。著作権だけでは排除できるとは限りませんね。この部分は脇が甘かったようです。作者優先主義の支配が及ぶのはTanukipedia内のみですので、外部で「Tanukipediaの記事をもとにした二次創作」をすることは確かに可能になります。それを公開した場合、公開の原則を満たすので、Tanukipediaにその内容を執筆可能と言うことになります。そこで当面の対策として、作者優先主義に「一次創作者と二次創作者がTanukipediaにおいて編集活動に参加している場合、原則として一次創作者の意思を優先」という記述を加えました。--TANUKI (トーク) 2019年5月13日 (月) 17:59 (JST)

ご対応ありがとうございます。これで、一通りの疑問は解消されました。また何かあったらお尋ねするかもしれませんが、その時はよろしくお願いします。--ニア・バイオ (トーク) 2019年5月17日 (金) 13:12 (JST)